第10話(仮)
『貴方……何故、分かるのですか?』
驚きで目を見張る精霊さん。驚きすぎて言葉遣いまで崩れてる様子です。
人間を嫌う精霊が多い中、表面上ですら取り繕うこともしない彼女は結構珍しいかもしれない。
僕は腫れて痛みを訴える腕を持ち上げ、頭を掻く。
「何故って言われても、勘…」
『私は、私は一体どうしてしまったのでしょうか』
でもって厳しい表情が一転して、おろおろと戸惑う精霊さん。さっきまで感じてた威圧が嘘のよう。
そんな彼女に対して、そんなことは僕が聞きたいよと正直に言えるはずもないわけで。
…なんとか精霊さんと会話が出来る状態になったし、話を進めよう!
もう刺々しい態度を取られることはないんだろうけど、肩をすくめて下手に出てしまう僕。
「ええと精霊さん。その、心当たりは……当然ない、ですよね」
『はい。気付いていたら私の、腐食の力が勝手に漏れ出して、周囲がこのように』
素直に頷いた精霊さんは、腐臭漂う周囲を示す。
ふむふむ、と相槌を打ちつつ、事情を伺う。
「そうですね…精霊さん、貴方は最近ここに来たのですか?」
『いいえ。私はこの場所に留まっています。近くにある人間の町に、魔物が近づかないよう見守っているのですが…』
「ほうほう」
余程人間が好きらしい精霊さん。しょんぼりと肩を落としているのが可哀想。
折角だし、なんとかしてあげたいものだ。
思っていると、精霊さんの目が不安で揺れる。
『徐々に腐食の範囲が拡大しているので、人間たちに被害を与えてしまうのではと不安で仕方ないのです』
「なるほどなるほど」
『頻繁に川を下りて確認してはいるのですが、今のところそこまでは力が及んでいない様子で。それだけが幸いです』
「確かに町に異常はなかったね……水浴びの正体ってこれか」
最後は独り言。
精霊さんは誰にも言えなかったためか、今まで抱え込んでいた異変の説明を口早に続ける。
『最近では、近づいた動物や魔物が次々腐食し始めまして。私はもう、どうしたらよいのでしょう』
「そう悲観しないで下さい。当たり前のことを聞くようで申し訳ないのですが、精霊さんは自分の力を抑えていますね?」
『はい。ですが、抑えていても勝手に力が漏れ出す状態で』
「勝手に……ちなみに、ここにいる人間は?」
示さなくても分かっているであろう精霊さんは、そちらを見て震える口を開く。
『…偶然ここに来てしまった旅の方です』
「そうですか…」
『ああ! 私は一体どうしたというのでしょう…』
嘆く精霊さんは水上で頭を垂れて静かになる。
そんな精霊さんから目を離して、僕は周囲を探る。なんか全身がひりひりしてきたのは、気のせいじゃないと思う。
早くどうにかしないと、周囲と同じ道を辿っちゃう。だからって、このまま回れ右して逃げたくはない。
「ううむ…」
悩んだ末、目を閉じて集中する。周囲に固まる死の気配を感じつつ、原因となりそうな物体を探ってみる。
奇妙に静かな時間が、過ぎていく。
「うむむ……むっ?」
ある一点に意識を向けた瞬間、ぞくり、背筋だけでなく全身が凍りついた。
恐る恐る目を開く。ゆっくりと該当の方向を目視して、ソレが近くにないことを確認。
「精霊さん、精霊さん」
『はい…』
元々白い顔が更に蒼白くなっている精霊さんに声をかける。多分、僕の顔も多少引きつってたと思う。
「そのですね、原因、分かりましたよ」
『まさか! 本当に原因、なのですか?』
全力の猜疑は当然だと思う。今までずっと悩んでただろうに、数分いるだけの僕が気付くなんて有り得ないからね。
ということで、自信ありげに胸を張ってみる。
「ええ! ですが、その原因をここで口にすると精霊さんはまだしも、僕の命はありません」
『そう、ですか』
まだ、疑われてマス。
「原因をどうにかするためにも、ここは一旦腐食の精霊石を僕に戴けませんか? 今の貴方が出せるだけの精霊石を」
『それでこの異変が解決できるのですか?』
「解決ではなくてですね、その、僕が異変を町まで引き連れて」
『えっ? そ、それでは貴方たちに、人間に危害が及んでしまいます!』
止めてください、と懇願する精霊さん、とても人間想いでちょっぴり感動。
本当に、人間が好きっぽい。
だからこそ胸を叩いて、自信を見せ付けておく。えっへん。
「大丈夫、僕らを信じてください。それに、異変はこの場所で力をつけています。今のうちにどうにかしないと、本格的に町へ被害が出てしまいますよ」
『ですが……』
「精霊さんのの心配も尤もですけど、信じていただけませんか?」
数秒の沈黙。そして、精霊さんは僕に清んだ目を合わせる。
『分かりました。貴方へ頼むのは申し訳ないのですが、お願いします』
人間に頭を下げる精霊さん。黒い髪が流れるように垂れる。
よっし!
「任せて下さい! 無事事態が収拾しましたらまた来ますよ」
『本当に、申し訳ありません』
「いいえいいえ」
『では、精霊石を』
精霊さんが言うと同時に、虚空から黒い板状の精霊石が現れる。
精霊の力を凝縮した精霊石。創り出すほど彼女の力は削られていく。
元々力が漏れているためか、それほど量は多くない。けど、純度が本当に素晴らしい。
『これが、現在の私が出せる全てです』
疲弊した表情の精霊さんを見ると、胸が痛む。本当に無理をさせてゴメンなさい。
「こんなに! 精霊さん、有難うございます」
『いいえ…ですが、この精霊石は純度が高いもの。人間である貴方にも害が及ぶのではないですか?』
「大丈夫大丈夫。コレぐらいなんともありませんよ」
なんともあるけど、嘘八百。これ以上心配かけちゃ不味いしね。
軽く手を振って、一番下に敷かれた精霊石に手を置いてソリとして変形させる。折角だし取っ手もつけて、完成。
元々精霊石はそれほど重くないから、これで運搬は楽になりましたとさ。
出来に一つ頷いて、手を組んで不安そうな精霊さんを振り返る。
「精霊さん、僕が何をするか気になると思いますが、ここから動かないで下さいね」
『はい。待つのみ、ですね』
とっても素直に頷いてくれた精霊さん。本当に、なんていい精霊さんなんだろう。
「ええ。お辛いと思いますが、お願いします」
『分かりました。ご無事で』
「では。失礼します」
精霊さんは心配そうに僕を見送る。
彼女から目を離してソリに手をかける。
さてと、ここからは時間との勝負。ここまでで大分全身が腫れてきて、痛いです。生きながら腐るとか、嫌です。
ぬかるむ足元を、できるだけ早く歩き進める。この地面の状態だと走っても体力を無駄に消耗するだけだし、これが一番。
背後の圧倒的な存在感、腐食の精霊石が周囲に影響を与え始める。音だけでも、木々が腐食して倒れていくのが確認できて、怖い。
「いって…」
手がピリリ、と痺れる。さすが高純度の精霊石、進行が早くて僕涙目です。
川を下るように黙々と歩く途中で、さっき見つけた巨大な気配が付いてくる。
ご自分では気配を隠したつもりなのだろうけど、生前とは体の勝手が違うから大地が揺れるわ、木が倒れるわで、バレバレです。
きっと、聴覚とかもオカシイんだろうな…
怖いけど、なんでもないように早足で進んでいく。
「そろそろしっかりした場所に……よしきた!」
しばらくして、足が硬い地面を認識。
こっからさらに取っ手を変形させ、自分自身が荷車を引っ張る馬のように、走り出す。
こっからが、本番!
「ちゃんと付いてきてよっと!」
予想通り、落ちた知能のお陰で何の考えもなく背後につけてくる。ほくそ笑みつつも、次には痛みで手を取っ手から離しそうになる。慌てて焼け付く痛みを放つ手に力を込める。
一旦立ち止まればそこで終わり。足がもつれそうになりつつも、町へ向けて必死に走る、走る。
あと少し、あと少しで……っ!
「あ、そういや水浴びしてた子供がいた……っけ」
もう少しで森を抜ける所で思い出した。血の気が引くのがもんのすごく良く分かった。
マズイ、マズイぞ!
そもそも、僕、何も考えず、コイツを引き連れてないっ?
コレの処理とか、全く案ないしっ!
それでも、走ることは止められない。
「ああああっ? どうしようっ? 僕のバカあああぁっ?」