失恋メモリー
久しぶりに書いた
王道恋愛モノです。
誰も死なずに済みました!
白い部屋。
白い服。
白い布団。
なにもかもが
白、白、白、白白白。
そんな異常な空間に、私は閉じこもっている。
精神障害者。
そう、診断された日から。
あれは、2・3年前か
5・6年前だったと思う。
小学生だった私は、何の前触れもなく
発狂した。
突然、頭の中に
尋常じゃない量の言葉が浮かび出したのだ。
処理しきれない言葉に
脳内が埋め尽くされる。
激しい頭痛と吐き気に
悲鳴を上げて、無茶苦茶に暴れて、手首を切って。
驚いた母さんや父さんに、連れていかれた病院の
医師は複雑な表情で、なおも狂う私を見据えて言った。
「精神障害だと思います」
ーーだなんて。
それから私は、ずっと入院生活を送っている。
いつ自殺するかわからないから、という理由で。
こんな色の無い病室で、過ごす日々。
いつしか声も出なくなって
吐き出すことも出来ず、頭の中に溢れかえった言葉の羅列が不快で
一日に一回、発作のように
壁やら紙やら、布団やらに書き殴る。
二年半くらいそんなことを繰り返していたら
よくわからない内に、私の病名が
『精神障害』から『サヴァン症候群』に変わっていて。
私の元には、心理カウンセラーが来ることになった。
それが、彼。
「初めまして、彩音さん。
心理カウンセラーの篠宮です」
私の手をぎゅっと握って
彼は言う。
私は、どうしていいかわからなくて
逆の手でメモ帳を引き寄せ、言葉を書いて彼に見せた。
『はじめまして。
私をみはりにきたの?』
「え?」
『じさつしないように』
二枚目を見せた途端、彼の表情が変わる。
図星だったのかな。
そう思い、なんとなく握られたままの手を振り払おうとすると
彼は自分から手を離し、私の頬に添えた。
思わず体が強張る。
「それもあるけど、それだけじゃないよ。
俺はちょっとだけ君より大人だから
君の病気を治すために来たんです」
『びょうき?』
「そう。
言葉が生まれてしまう病気を
言葉を生む特技に治しませんか?
そのお手伝いが、俺には出来ると思うんです」
にっこりと微笑む彼。
その笑顔は見たことないくらい澄んでいて
私はゆっくりと、迷いながらシャープペンを滑らせた。
『おねがいします』
あの日から、彼はずっと私の側に居てくれている。
発作を起こせば優しく止めてくれて
話せない私の、面倒まで見てくれて。
「彩音さん、今日は何書いたんですか?」
『これ』
「ふむ、恋愛ですか。相変わらず深いですねぇ」
それに、私が無茶苦茶に書き連ねた言葉の束を
彼は一文字一文字、毎日読む。
まるで、楽しんでいるみたいに。
彼にとっては、仕事でしかないのにね。
『どうして』
「ん?なんですか?」
『どうして私にきをつかってくれるんですか?』
何度かそう聞いてみたけれど
彼が返す返事はいつだって同じ。
「はは、気をつかってる訳じゃないですよ。俺は俺のやりたいことをやってるだけです」
最初はあんまり、彼を信用していなかったから
嘘だなって聞き流せていた。
でも最初は
彼のさりげない言動一つにも、動揺してしまっているようで。
手を握って話す癖や
柔らかい笑顔にさえ
私の心臓は高鳴っている。
それから、もう一つ
彼に出会って変わったこと。
「そういえば彩音さん、恋愛書くこと多くなりましたね」
心境の変化でもあったんですか?
そう言ってにっこりと微笑む彼に
私は静かに目を伏せた。
ーー彼の言うとおり
この頃、私の脳内に溢れる言葉達の
そのほとんどが、愛の言葉で満ちている。
理由はわからない。わからないけれど
もし私を、普通の人間に当てはめるとするなら……
多分、この感情は。
『恋?』
「そ、それは俺に聞かれても……」
困ったような彼の様子に、私は慌てて続きを書き込む。
『私も恋ってするんですか?』
それを見た彼は、初めてあったときと同じ動作で
私の頬に触れる。
彼の手のひらに触れている部分は
やけに暖かく感じた。
「……すると思いますよ。あなたは誰より、純粋な感性を持っているんですから」
でも、貴方の目に
私は映っていないんでしょう?
そんなことを考えたら
きゅ、と胸が詰まる。
そして実感した。気付いてしまった。
私は、きっと彼ことがーーーーーー
夜、彼が帰ったあと
私は病室のカーテンの隙間から漏れる星の光を眺めていた。
どのくらいの時間、こうしていたのかは覚えていない。
ただずっと、ひたすら彼を思い返す。
彼、恋人いるのになぁ。
私に好きになられたら、迷惑だろうなぁ。
でも、それでも。
「 すきなんだ 」
心の中でそう呟いた瞬間。
痛いくらいに、言葉が頭の中で喚き始めた。
咄嗟に頭を抱えてうずくまり、頭痛に耐える。
いつもの発作。
だけどその痛みは、いつもの比ではない。
叩きつけるように
言葉が、脳内に、溢れて、溢れて。
「ーーーーーーーーーーっ!!」
【あいしてる】
【大好きよ】【愛して】【他には何もいらない】【私を見て】【愛してるの】【あなただけでいい】【一生そばにいて】【一人にしないで】【好きだよ】【言葉にならないくらい好き】【今までにないくらい好き】【ごめんね】【勝手に好きになってごめんなさい】【でも好きなの】【あいしてる】
【あいしてる】【あいしてる】【あいしてる】【あいしてる】【あいしてる】【あいしてる】【あいしてる】【あいしてる】【あいしてる!!!!】
【……大好き】
「ぁ、」
と、不意に私は立ち上がり
ふらふらと壁に近寄って
手にした油性マジックのキャップを弾き飛ばす。
もうこの衝動は
止まらないし止められない。
ペン先を、大嫌いだった白い壁に押し付けて
力任せに線を引く。
きゅ、きゅ、と音を立てて
ペン先は壁中を駆け巡り
一面に大きく、平仮名を描いていく。
ひとつめ
ふたつめ
みっつめ
よっつめ
ーーーーいつつめ。
書き終わった頃には、すっかり息が上がっていて。
私は、床に座り込みながら目を閉じて
思い知らされた感情の名を、反芻した。
あぁ、これを人は『恋』と呼ぶのか。
なんて苦しく、切なくて
幸せな思いなんだろう。
翌日の早朝。
私は屋上に向かっていた。
今頃みんなは、「患者がいなくなった」って大騒ぎしていると思うけれど
この気持ちを抑えることは、出来なかったんだからしょうがない。
階段を上り、ドアを開ける。
一気に吹き込んでくる風が、不思議と心地良い。
さぁ、始めよう。
最高の初恋には、最高の失恋が待ってる。
眼下に広がる地上に、白衣を着た医者の姿が見えた。
慌ただしく誰かを探して、辺りを見渡している。
その隣には、真剣な表情の彼。
駄目だな。貴方は笑ってよ。
私が思いっきり泣けるように。
そんなことを思いながら
運んできた紙の束を抱え上げて
フェンスのすぐ側まで移動すると
誰かが私の姿を見つけ、指を指して悲鳴を上げる。
自殺するとでも思ったんだろうか。
これから私がするのは
自殺なんかじゃなくて
全身全霊、精一杯の
告白、なのに。
私は紙の束をフェンスの外へ持って行き
ばさりと、空に放った。
青空を舞う白い紙。
その紙一枚一枚には、
愛の言葉が書いてある。
彼に会ってから、書き殴った言葉達が。
重力に従って
紙が地面に、人々に、彼に
向かって落ちていく。
その内の一枚を拾い、読んだ彼が
病院の中に駆け込むのが見えた。
きっと彼は、まっすぐ屋上に来る。
そうしたら、返事を聞かなきゃならない。
本当は聞きたくない、逃げ出したいけど
ーーもう、覚悟は決めたんだ。
勢いよくドアが開いて、腕を掴まれる。
目線を上げると
そこにあったのは、大好きな笑顔。
彼は荒い呼吸をしながら言った。
「良かった、無事だったんですね。
驚きましたよ。今朝、あなたの病室に行ったときも、今も。
……返事が、必要ですよね」
私は頷いて、彼と目を合わせる。
ちゃんと直接聞かなきゃ、この恋は忘れられないから。
彼は一度息を吐いて、静かに口を開いた。
「俺は、愛してる人がいます。だから、あなたの気持ちに応えることは出来ません。
……すみません。でも
俺を好きになってくれて、ありがとう」
泣きそうな顔の彼に、私は涙を流しながら笑ってみせる。
すごく悲しくて辛い。
でも、後悔はない。
もしも私が、声を出せたなら言っていただろう。
「こちらこそ、ありがとう」と。
これが私の、初めての恋。
最高の、失恋の記憶。
拝啓、篠宮様。
あれからもう、十年が経つのですね。
覚えていますか?あの日のこと。
「彩音ー!なに書いてんのー?」
「ん、手紙。昔お世話になった人に」
今思えば、私は凄く迷惑をかけたんですね。
病室抜け出したり、派手に告白したり。
「……それって、彩音の初恋の……
心理カウンセラー?」
「そう。……怒る?」
でも、今でも後悔はしていません。
貴方がちゃんと返事してくれたから
私は前に進むことが出来たんです。
「怒んねーよ!俺はそんな小さい男じゃないし、昔はどうあれ
彩音の彼氏は俺なんだからな!」
「うん。今は、君に恋してる」
本当にありがとうございました。
「絶対幸せにしてやるから、楽しみにしてろよ!彩音」
「……はい」
遠崎 彩音より。
地味に最後に出てきた彼氏のキャラが気に入っています(笑)
読んで下さった皆様、ありがとうございました!
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