メイセイの酒
当時の駿河湾には橋渡しという仕事があった。橋を渡るというより自らが橋の役目となり足場の悪い道を超え荷を運ぶ。要は単純な肉体労働である。
この橋渡しを管理する責任者がいた。姓をメイ、名をセイと言う。
姓を名乗る武家と言っても大して偉い身分でもない。仕事ぶりも平凡そのもの、さぼりもしないが評判になるほど熱心でもない。名前に違い、名声にはまるで興味のない男だった。
本来歴史の大河の一滴、或いは水分子の一つとして、名を遺すはずもない男。そんなメイセイの名が現代まで伝わるのは、以下のような次第である。
何の面白みもないメイセイにも一つだけ変わった所がある。当時の駿河ではヒレ酒が主流だった。現代ほど洗練されていないぼやけた酒の味を、新鮮なヒレがきりりと締める。誰もがヒレ酒を楽しむ中で、メイセイだけはヒレの代わりに良く分からない葉っぱを酒に浸けて飲んでいた。気になった者が葉を分けてもらい同様にしてみたものの、何とも言えない味であった。何度かそんな事があり、誰も試そうとはしなくなった。メイセイさんは少し変わった酒の飲み方をする。といって悪酔いするでもなし、メイセイの方から妙な葉っぱ酒を広めようという気もない。誰に迷惑をかけているわけでもないので、誰も気にしなくなった。
ある日いつものようにメイセイは葉っぱ酒を飲んでいた。だが、葉っぱ、つまり植物は同定が難しい。素人は勿論、今日の専門家でも間違う事がある。突然変異という事もある。或いは無害と思ったものが少量の毒素の蓄積により害をなす事もある。
正確な原因は不明だが、その日の葉っぱ酒はメイセイに悪さをした。明け方まで具合が良くならず、メイセイは布団の上で何度も寝返りを打つ。もう二度と酒は飲むまいとどうせ守られないであろう誓いを何度も立てるが一向に回復しない。だんだん弱気になってきて、気取って葉っぱ酒など飲むんじゃなかった、本当は俺だってそんなに旨いと思っていたわけではないが、ただ一つくらいは周りと違う事をしてみたかったのだ、等と悔やみ始めた。
ところが日が昇り切る頃には、一転してメイセイは調子を取り戻した。絶好調と言ってよい。ろくに眠れていないはずなのに足取り軽く仕事場に来ると、いつになく明るい声で橋渡し共に声をかける。大して忙しい時期ではなかったので張り切った所で空回りなのだが、それでもメイセイは一日中ずっと上機嫌であった。
さて、夕になり酒の時間。メイセイは少し迷った。もう酒は飲むまいと誓ったが、それは今朝の話だ。儚いと書いて誓いと読むという言葉もある。ないとしてもメイセイが今作った。意を決していつもの葉っぱを浸けて酒を飲む。具合が悪くなる事は無かった。代わりに翌朝の気分が良いという事も無かった。
あの夜の酒だけが特別だったのだとメイセイも忘れかけていた頃、駿河湾がにわかに慌ただしくなった。
やんごとなき方々の荷が上げられたのだ。万に一つも扱いを間違う事は許されない。メイセイも酷く緊張しながら橋渡し共に指示を送る。
大仕事を終えた人々はみな高揚して大いに酒を飲んだ。勿論ヒレ酒だ。メイセイ一人を除いて。メイセイは何枚もの葉を一度に酒に浸けては一気飲みする。こんな日もたまにはあってもよかろう。みなが同様の調子だったのでメイセイが見咎められる事も無かった。
夜更けになりメイセイは酷く後悔した。あの具合の悪さ、いや何倍もの苦しみが彼を襲っていた。やはり葉っぱ酒は飲み過ぎると良くないようだ。もう二度と酒は、いや、葉っぱ酒は飲むまい、俺もヒレ酒にしよう、みなが楽しむのにはそれだけの理由があるのだ。
ヒレ酒の事を考えぬいて、しまいにはおかしな夢とも妄想ともつかぬ、己がヒレを駆使して海を泳ぐ姿さえ浮かべて、メイセイは気を失った。
翌日、幾らなんでも遅すぎると呼びに来た者がどう声をかけてもメイセイはぴくりともしない。死んだものと扱われ、まだ若いのにとそれなりに同情されながらも、当時の人々は慣れたもので速やかに火葬場に運ばれた。火が入ってメイセイは慌てて目を覚ました。あちちあちち、なにしやがると叫ぶと驚いたのは周りの者達だ。
急いで火が消され助け出されたメイセイには、やけどの一つも無かった。
これは奇跡だ。何故こんな事に。葉っぱ酒だ。
こうして駿河では葉っぱ酒が大いに流行したが、メイセイのような奇跡を起こす者はいなかった。メイセイ自身も例外ではない。その後はただ平凡に生き、平凡に死んだ。
ただ、人は慣れる。葉っぱ酒はすっかり駿河に定着し、やがて酒でなく白湯に混ぜればどうか、となった。
現代の茶の起源である。




