婚約者に近付くピンク髪男爵令嬢に物申したくなるのは当然でしょう?
リメイレス王国第一王子ソロモン様との婚約は政略です。
ええ、それはもちろん理解していましたとも。
ですからソロモン様が年下の男爵令嬢と仲良くしていたからといって、気にするのも愚かと思っていたのです。
嫉妬なんて将来の王妃に相応しからぬ感情だと。
でも問題のアリア・スマイル男爵令嬢はとても小柄で可愛らしいのです。
フワフワのピンクの髪で、やや垂れた大きな目が純真そうで。
わたくしもヴィネアライト侯爵家の娘として、またソロモン様の婚約者として、恥ずかしくないくらいには美容に気を使っているのですけれど。
アリア様はタイプが違うというか天然というか。
ソロモン様はアリア様のような可憐な方がお好きなのでしょうか?
ソロモン様とわたくしとの婚約はあくまでも政略です。
政略ですけれども、ソロモン様は優秀なだけではなくて年齢に似合わず威風堂々としたところがあるのです。
一言で言えばとても格好よろしくて……お慕い申しております、ポッ。
実家の勢威、後ろ盾としての価値から考えまして、わたくしとの婚約が解消されるなどということはないと思います。
でもソロモン様とアリア様のじゃれ合う様を見ると、不安にも思ってしまうのです。
ソロモン様のカリスマ性があれば、ヴィネアライト侯爵家の後ろ盾など必要ないのでは?
わたくしの存在価値が揺らぐ気がして、ちょっと焦ります。
わたくしの友人方が言います。
「エレノア様。口にするも不敬なことながら、ソロモン殿下とアリア・スマイル男爵令嬢の距離の近さは目に余るのではないですか?」
「そうですよ。エレノア様という婚約者がありながら、あれはおかしいです」
「しかし……ソロモン様はわたくしを蔑ろにされているわけではないのです。定期的にお茶会で語らっておりますし、プレゼントもくださいますし……」
「殿下もそつがないですわね」
「殿下の側近連中が諫めるべきではありませんか」
ごもっとも。
逆にアリア様が、ソロモン様の側近達に認められるだけのポテンシャルを持っているとも言えるのでは?
ますます焦りますね。
「エレノア様、ここはガツンと言うべきです」
「が、ガツンと、ですか?」
「私も同感です。ソロモン殿下とアリア様の関係については、エレノア様も面白く思っていらっしゃらないのでしょう?」
「は、はい」
「いい悪い、許す許さないの問題ではないのです。ソロモン殿下の婚約者であるエレノア様が御不興であるという、意思表示をしておくべきだと申し上げています」
皆さんが頷いておりますね。
そうですか、ここは意思表示が必要な場面ですか。
では勇気を出して、ソロモン様に声をかけます。
「ソロモン様、少々よろしいでしょうか?」
「む、エレノアか。御機嫌よう」
「エレノア様、皆様、こんにちは」
全然裏のなさそうな微笑みで。
女性である私の目から見ても、本当にアリア様は可愛らしいです。
「どうした?」
「わたくしから申し上げるのも何なのですが、ソロモン様とアリア様の距離です。親密に見えてしまうのは問題ではないかと」
婚約者のいる殿方は令嬢と適切な距離を取るべきという、一般常識を理由にしてみました。
どうでしょう?
「おお、愛するエレノア様を気にさせてしまったか。すまなかったな」
もう、ソロモン様はすぐそういうことを仰るのですから。
わたくしの友人方が、きゃあと小さな声を上げていますよ。
「俺だけがアリアを独占するのは間違っていたな」
「独占? ええ、まあ」
「エレノアに譲ろう」
「「「「は?」」」」
ちょっと意味がわかりません。
わたくしにアリア様を譲るとは?
「アリア。エレノアとその友人は、貴族学院生では屈指の淑女達だ。必ずそなたに得るものがあるだろう。よく学ばせてもらうのだぞ」
「はい。エレノア様、皆様、どうぞよろしくお願いいたします」
全く予想していなかった事態になりました。
困惑です。
でもアリア様はいつもと変わらぬ屈託のない、控えめな笑顔ですね。
いえ、ソロモン様はわたくしの要求を聞いてくださり、すぐアリア様を遠ざけました。
わたくしに譲るということは、監視下に置けという意味かもしれません。
やはりアリア様には何かがある?
わたくし達のグループにアリア様を迎え入れました。
◇
――――――――――ヴィネアライト侯爵家邸にてお茶会。アリア視点。
「アリア様、こちらもどうぞ」
「ありがとう存じます」
エレノア様のお茶会に招かれています。
エレノア様の御友人達は全員高位貴族の令嬢でいらっしゃいまして。
スマイル男爵家の娘であるわたしなど、全然場違いなのですよ?
それなのに皆様親切にしてくださるのです。
淑女の中の淑女というのがよくわかりますね。
とても勉強になります。
今日はわたし、エレノア様のお茶会に初参加ですからね。
色々聞かれる立場であることは理解しております。
「貴族学院入学前、アリア様は領地にいらしたのですか?」
「はい、領地で奔放に育ちました。淑女の皆様方から見てマナーに粗野なところがあれば、どうぞ御指摘ください。直したく思います」
「いえ、まだ一年生でいらっしゃるのでしょう? 堂に入ったものだと思いますわ」
うふふ、そう言っていただけると嬉しいものですね。
「領には特徴的なことがあるのですか?」
「スマイル男爵家領にはウサギが多いのです」
「ウサギですか?」
「はい。可愛らしいのですよ。わたしも何匹か飼っておりました」
しかし農作物に害を与えるという側面もあるのです。
ですからウサギを狩るオオカミやキツネは敵ではなくて。
物事いい面も悪い面もあるということを学んだのは、ウサギからだった気もします。
「アリア様はウサギみたいな可愛らしさがおありですよね。小動物的と言いますか」
「ソロモン殿下にも小動物っぽい、人畜無害っぽいとは言われました」
「ソロモン殿下のお側にいたのは何故ですの?」
「お弁当を食べていた時にお声掛けいただいたのです」
わたしは地方出で知り合いもいませんでしたからね。
貴族学院入学直後に孤立するのは仕方ないと思っていました。
裏庭で一人寂しくお弁当をいただいていたところに、ソロモン殿下御一行が通りかかったのです。
「ソロモン殿下はお優しいです」
「……妙ですね」
「エレノア様、何か?」
「ソロモン様はもっとこう、イタズラ小僧と言いますか茶目っ気と言いますか……。アリア様、ひょっとしてソロモン様にお弁当を食べられませんでしたか?」
「えっ、おわかりになりますか?」
ビックリです。
さすがはソロモン殿下の婚約者エレノア様です。
心が通じていらっしゃるのでしょうか?
わかってしまうものなのですねえ。
尊敬いたします。
「最後に食べようと楽しみに取っておいた卵焼きをぱくっといかれてしまい。涙がじわっと出てきてしまったのです、こんなことで。淑女らしくなく、お恥ずかしいです」
「まあ、ひどい!」
「ソロモン殿下ったら、許されない所業ですね!」
あれっ?
これは共感いただけるのですか?
「い、いえ、その後ソロモン殿下に構っていただけるようになりまして。皆様方にも紹介してくださったでしょう? 本当にありがたいことです」
あれがなければ今でもわたしは一人だったかもしれません。
多方面に目を配っていらっしゃるソロモン殿下はすごいと思います。
――――――――――エレノア視点。
今日はアリア様をも招いてのお茶会です。
皆様興味津々で。
ソロモン様に近付く計算高い令嬢という意識が最初あったのですよ。
でもどう考えてもそんなふうには見えなくて。
ソロモン様も特に悪びれもせず、すぐアリア様をわたくしに預けようとしましたしね?
わたくしが何か重大な勘違いをしているのではないかという気がしてきました。
何はともあれお茶会開始です。
アリア様もちゃんと今日は自分がターゲットになると心得ておりまして。
聞いたことにはハキハキと答えてくださいます。
全然悪い子には見えません。
「アリア様はウサギみたいな可愛らしさがおありですよね。小動物的と言いますか」
「ソロモン殿下にも小動物っぽい、人畜無害っぽいとは言われました」
「ソロモン殿下のお側にいたのは何故ですの?」
「お弁当を食べていた時にお声掛けいただいたのです」
ナチュラルにソロモン様の話題になりました。
アリア様も弁明しておかなければと思ったのでしょうね。
やりますねえ。
でも違和感があります。
ソロモン様は自分の立場を本来よくおわかりだと思うのです。
自分が何の関わりもない令嬢に声をかけるということの意味を、よく御存じのはずですが……。
「ソロモン殿下はお優しいです」
「……妙ですね」
「エレノア様、何か?」
「ソロモン様はもっとこう、イタズラ小僧と言いますか茶目っ気と言いますか……。アリア様、ひょっとしてソロモン様にお弁当を食べられませんでしたか?」
「えっ、おわかりになりますか?」
やっぱり!
いえ、多分一人でお弁当を食べているアリア様を可愛そうに思ったのでしょうね。
それで思わず構ってしまったということだと思います。
アリア様は何となく放っておけない雰囲気がありますから。
おそらく本当にペット感覚で側に置いただけなのでしょう。
アリア様はグイグイ来る令嬢ではなく、いるだけで癒される感覚がありますしね。
ソロモン様のお近付きになりたいのは積極的な令嬢ばかりですから、新鮮に感じたということもあるかもしれません。
あっ、最終的にわたくしに任せるという考えが最初からあったのかも?
「最後に食べようと楽しみに取っておいた卵焼きをぱくっといかれてしまい。涙がじわっと出てきてしまったのです、こんなことで。淑女らしくなく、お恥ずかしいです」
「まあ、ひどい!」
「ソロモン殿下ったら、許されない所業ですね!」
「い、いえ、その後ソロモン殿下に構っていただけるようになりまして。皆様方にも紹介してくださったでしょう? 本当にありがたいことです」
ソロモン様も後ろめたかったのでしょう。
可愛い下級生を泣かせてしまって。
側近達が意見できなかったのも、その辺に理由がありそうです。
『俺だけがアリアを独占するのは間違っていたな』
ソロモン様が仰った時は意味がわからなかったです。
でも今ならば理解できる気がしますね。
本当にアリア様は小動物系の令嬢で。
見ているだけで和む気がするのです。
ソロモン様もアリア様を近付けるのはよろしくないと感じていたのでしょう。
しかし遠ざけることもできず。
放っておけばわたくしが何か言い出すから、その時に解決すればいいと考えていたみたい。
悪い人なのですから。
皆様もアリア様で和んでいますね。
ホンワカしたお茶会になりましたこと。
◇
――――――――――王宮にてお茶会。ソロモン視点。
愛するエレノアとお茶会だ。
うむ、この時間が一番心地良い。
「アリア・スマイル男爵令嬢ですけれども」
「うむ、どうだ?」
アリアをエレノアに預けて二ヶ月近くなる。
エレノアが俺の意図を正確に察知していれば、何らかの結論を出している頃だと思うが?
「ソロモン様はアリア様を調べさせていらっしゃらないのですか?」
「俺が命ずると、ある種のメッセージを発してしまう気がしてな。どうせエレノアが何か言ってくるだろうから、その時に任せようと思っていたのだ」
「まあ、悪い人」
と言いながら、エレノアは愉快そうだ。
うむ、やはりエレノアは優秀だな。
俺の考えを理解しているようだ。
「とても可愛らしい令嬢ですよね。庇護欲をそそると言いますか」
「うむ、善性の塊というか、ついちょっかいを出したくなる」
「わかります。わたくしの開くお茶会でも馴染んできましたよ。適応力があります。年下ということもありますけれど、皆に可愛がられています」
「本人に問題はないということだな?」
「ソロモン様はアリア様を側妃として考えていらっしゃるのでしょう?」
エレノアの言葉に黙って頷く。
俺はエレノアを愛している。
しかし王統の保持という面から、側妃という話は必ず出るものだ。
事実リメイレス王国の歴史で側妃を持たなかった王はいない。
一方で正妃と側妃の仲が悪く、後継者争いで揉めた例がある。
後継者争いは国力を弱めるものだ。
俺は愚かな王にはなりたくない。
ではどうするのが正しい方法か?
「スマイル男爵家はどうだ?」
俺の持論としては、側妃は正妃に従順であること。
及び余計な野心を持たないことが重要だ。
また個人の資質は合格点でも、生家が問題を抱えている場合もある。
エレノアはどう判断を下した?
「ごく普通の男爵家です。隣領とは付き合いがありますが、それ以外とはあまり関係を持っていないですね」
「付け入る隙はあるか?」
「当主様が経済的停滞に思うところあるようです。危機感というほどでもないですけれど」
「手頃だな。ヴィネアライト侯爵家が手を貸してやることは可能だな?」
「お任せを」
これでいい。
スマイル男爵家はヴィネアライト侯爵家に頭が上がらなくなる。
アリアは俺やエレノアより三歳年下。
側妃としてベストな条件だな。
「俺の側妃候補としてスマイル男爵家の内諾を取っておくこと、父陛下に奏上しておく」
「……ちょっと妬いてしまったのですからね」
「何を?」
「ソロモン様がアリア様に本気になっているのではないかと」
呆気に取られた。
俺がエレノア以外の令嬢に本気になるわけがないではないか。
そもそも実家の家格が違い過ぎるだろう?
アリアは側妃としてベストであっても、正妃など務まるわけがない。
「要するにわたくしが将来苦労することがないよう、アリア様を側妃とするということですよね?」
「当たり前ではないか」
「わかりにくいのですよ。ソロモン様の愛情は」
わかりにくいって、エレノアは正確に把握しているではないか。
目をぱちくりしていると、エレノアは言った。
「もっと言葉にしてくださいませ」
「悪かった。愛している」
しょっちゅう愛していると言っているつもりなのだがな?
エレノアを抱き寄せる。
「しかしエレノアも、俺の愛を信じてくれないのはひどいではないか」
「だってソロモン様はすぐ好きだの愛してるだの仰るのですもの。言葉が軽くて信じられません」
何と。
次期王たる俺の言葉が軽いと思われるのは、実によろしくないな。
またエレノアを満足させることは、なかなかに難しいものだ。
まだまだ俺にも足りないところがある。
いや、工夫が必要ということか。
エレノアの耳元で囁く。
「俺に愛されたままでいろ」
ハハッ、赤くなった。
可愛いものだ。
最後までお読みいただきありがとうございました。
どう思われたか下の★~★★★★★で評価してもらえると、励みにも勉強にもなります。
よろしくお願いいたします。




