第29話 惚れたって奴
残されたハイネは座り込んだままだった。
あまりに凄まじい体験だった。
あの狩り男、マイルという男はなんだ。
あんな男には今まで出会ったことがない。
見た目は普通の男。
しかし、その言動は浮世離れしている。
ダンジョンと妙に馴染んでいるその姿。
常に前を行く背中。
冷静で、動揺せず、死と共に歩むもの。
しかし排他的でも、退廃的でもない。
自暴自棄でも、陰気でも陰険でもない。
通常、死を享受するか、死と共に生きる人間はまともじゃなくなる。
他者を見下し、傷つけ、殺し、それが当たり前だと思う。
性格破綻者ばかり。
だがあの男は違う。
普通だ。
彼が街中にいても、誰も気にしない。
誰もおかしいとは思わない。
まともで、平凡で、普通の男。
だが狩りとなると違う。
ダンジョンにいる様は、常軌を逸していた。
常人とはかけ離れた奇人。
「っつーのに、なんでこんな気分になるんすかねぇ」
思わず笑みがこぼれる。
狩り男は稀に見る良い奴だった。
考えてもみて欲しい。
危険な場所で、危険な相手と戦う。
そんな状況で彼のように振る舞えるだろうか。
無理だ。
いくら慣れていてもあんな風にはできない。
しかもだ。
殺されかけたというのに、その相手を許す度量もある。
いや、そんなレベルじゃない。
気にするな、大したことじゃない、そんな感じの反応だった。
おかしい。
異常だ。
頭がイカれている。
だが。
「……また、会いたいっすねぇ」
ハイネは惹かれていた。
あの、狩り男、マイルという男に。
恋愛感情ではなく。
男として。
人として。
恐らく、生まれて初めて。
他者に敬意を持った。
憧れを抱いた。
これは団長、ユージーンに対してもなかったことだ。
認めてはいる。
恩義も感じている。
だがここまで心が惹かれることは今までなかった。
それはあらゆる面で、彼が勝っていたからなのか。
それともあの飄々とした姿が目に焼き付いて離れないからなのか。
ハイネにはわからない。
だが。
「すごい男がいたもんっしょ」
ハイネは感慨に耽る。
湧き上がる感情を噛みしめるように。
口角を上げる。
そして立ち上がると。
両手を空へと伸ばし。
「くぅ! はぁ……帰るっしょ!」
その表情は清々しいほどに晴れやかだった。
楽しくなってきた。
そう思った。
●◇●◇●◇
「狩り男を勧誘できなかった?
おまえが任務を失敗するとは珍しい」
ユージーンが片眉をピクリと動かした。
ハイネは『青騎士団』のギルド本部に戻ってきていた。
「あれはダメっしょ。
ウチに入る器じゃない。
頭がイカれてるし、まともに話せない相手っしょ。
あれと関わったらダメっしょ。
ま、かといって排除するまでもないっすから放置が一番っすね」
嘘は言っていない。
だが確信は話していない。
「所詮は噂。
信じるに値しなかったか。
よくやった、下がっていいぞ」
ユージーンには疑う素振りもない。
当然だ。
ハイネが任務を失敗したことはない。
そしてユージーンに嘘を吐いたことも。
が。
ハイネが部屋を出ようとすると。
「待て。
本当に狩り男は我がギルドに相応しくない男だったんだな?
実力もないと。そういうことだな?」
ユージーンが二度質問することは過去になかった。
ハイネは一瞬だけ躊躇する。
ここで事実を話せばユージーンが許すだろう。
だがもしも嘘をついていることがバレていて、このまま突き通せばどうなるか。
ハイネは必死で額から汗が溢れないように気を付けた。
「ええ、そういうことっす。
あいつは使えないっしょ」
いつもの面倒くさそうな反応を見せる。
自分の心を半分騙し、半分隠して演技する。
こんなことは生まれて初めての経験だった。
ユージーンに拾われてから、今の一度もなかったこと。
そこまで狩り男に肩入れする理由を、ハイネは理解していた。
数秒間見つめあう。
ハイネは敢えて怪訝そうにする。
なぜ質問する? という風な演技のために。
そしてユージーンは、ふっと笑うと。
「そうか。行っていい。
次の任務に着け。頼んだぞ、副団長」
「はいはい、りょーかいっす」
ひらひらと手を振るハイネ。
バタン。
扉を閉め、廊下を歩き、しばらく進み、誰もいない場所にたどり着くと。
「だはー!
さっすがに緊張したっしょ」
ハイネが息を吐き、壁に体重を預ける。
団長たるユージーンには恩義がある。
今までは報いるべく、言われるままに従っていた。
疑問さえ持たなかった。
汚れ仕事も数えきれないほどやった。
人殺しも、裏工作も。
だが今回ばかりは譲れなかった。
生まれて初めて、二度心が大きく揺らいだ。
だから。
「狩り男……マイルの邪魔はしちゃダメっしょ。
あいつはソロで狩りをするのが楽しそうっすからねぇ。
ま、それでもあれだけの強さじゃ、いずれは抑えきれなくなるっしょ。
もう一噂も広まりつつあるし……時間の問題っすねぇ」
アイリや他の冒険者も周りに言いふらしているだろう。
だがそれでいい。
自分にできるのは彼の邪魔を可能な限りしないこと。
邪魔になることを可能な限り排除すること。
例え、それがほんのわずかな時間だとしても。
そのためにあの恐ろしい恩人の信頼を裏切ることになったとしても。
不思議と気分はよかった。
「また会えるといいっすね。
あ、そういえばプラチナムにたまに行くって言ってたっしょ。
任務途中で行くのもいいっすねぇ」
ハイネは少年のような純粋な笑みを浮かべていた。




