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最弱能力『掃除』の僕、スライムだけ吸い込めるんだが  作者: コウ
第1章 掃除能力なのに突然モンスター対応!?

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第8話 強くなった気はするけど、所持金はゼロ

 視界の端々までを真っ白に塗りつぶす、濃い霧の中。

 僕は一歩一歩、湿った土の感触を確かめながらゆっくりと歩いていた。


 

 周囲には、苔むした墓石や折れ曲がった木の杭が、静かな列をなして立っている。

 時折、正体の知れない鳥の鳴き声が遠くで響く以外は、不気味なほどの静寂が支配する墓場。

 僕は歩きながら、右手を軽く握り、そしてゆっくりと開く動作を繰り返した。


 握る。


 開く。


「……うん。やっぱり、昨日までとは質が違う」


 

 小さく、自分に言い聞かせるように頷く。

 さっきから何度も、自分の体の内側を観察するように確かめているけれど、明らかに感覚が更新されている。


 体が、驚くほど軽い。

 物理的に体重が減ったわけではないだろうが、手足を動かす際にかかる抵抗が極限まで削ぎ落とされたような感覚。

 関節の動きが滑らかになり、一歩踏み出すたびに、地面を蹴る力が余すことなく推進力に変わっていく。


 あの、ゴーストをまとめて十数体吸い込んだあとにやってきた――猛烈な“熱”。


 あの時、体の奥底から爆発するように広がった熱量は、これまでの比ではなかった。

 内臓を熱い泥が駆け巡るような、不快さと高揚感が混ざり合ったあのアフターエフェクト。

 それが完全に収まった今、僕の体には確固たる「変化」が刻まれていた。


 

「……強くなってるよな、これ。間違いなく」


 

 確信を持って呟くと同時に、前方、霧の奥に青白い影がゆらりと揺れた。


 ゴーストが一体。

 恨みがましい視線を送る暇も与えず、僕は無造作に右手を向けた。

 掌の中心に、空間を穿つ漆黒の穴を最短距離で形成するイメージ。


 

【シュルッ!!】


 

 一瞬だった。


 まるで最初からそこには何もなかったかのように、ゴーストの体は引き伸ばされ、掌へと飲み込まれて消えた。

 あまりにもあっけない幕切れ。


 

「……やっぱり、速い。それに、出力が上がってる」


 

 吸い込みのプロセスが、以前より数段スムーズになっている。

 古くて詰まりかけていた掃除機のフィルターを一新したかのような、あるいは最新モデルに乗り換えたかのような、圧倒的な吸引力の向上。

 たぶん、さっき大量に吸い込んだ「経験値」の影響が、そのまま穴の性能に直結しているのだろう。


 僕はそのまま歩みを止めず、霧の中から現れる影を次々と処理していく。


 

【シュルルッ!】


 

 霧がわずかに渦を巻き、影が消える。

 そして再び、静寂が墓場に戻る。


 この墓場ダンジョン、本当にゴーストの湧きがいい。

 普通の探索者にとっては、視界は悪いわ物理攻撃は効かないわで、これほど厄介な場所もないだろうけれど、僕にとっては「どうぞ吸ってください」と言わんばかりの理想的な狩場だ。


 歩く。


 吸う。


 歩く。


 吸う。


 効率を追い求めて無心に掌を向け続けているうちに、気付けばかなりの数の霊体を取り込んでいた。


 

 けれど。

 ふと、僕は立ち止まり、我に返った。


 

「……あ」


 

 ある重大な事実を思い出し、僕はその場に凍りついた。

 恐る恐る、制服の中に着たパーカーのポケットに手を入れてみる。

 指先に触れるのは、カサついた布の感触だけ。


 

「…………」


 

 何も、入っていない。

 十円玉一枚どころか、モンスターの欠片すら。


 当たり前だ。

 だって。


 

「……全部、残さず吸い込んじゃうんだよな、僕の能力」


 

 僕は乾いた苦笑を漏らした。

 スライムダンジョンの時からの、致命的な欠点だ。


 普通の探索者なら、倒したモンスターの遺骸から【核】や、素材となる部位を回収する。

 それがギルドでの換金アイテムになり、彼らの生活を支える糧となる。


 けれど、僕の場合はどうだ。

 掌の穴は、対象を「倒す」のではなく、空間ごと「吸い込む」のだ。

 スライムであればその核ごと。

 ゴーストであればその魔力の塊ごと。


 結果として、戦場には塵一つ残らない。

 完全なるデリート。

 清掃としては満点だが、探索者としての収益は、無情にも【ゼロ】。


 

「……お小遣い、一向に増えないなあ」


 

 もう一度、空っぽのポケットを裏返して確認する。

 やっぱり何もない。


 ダンジョンに潜っている。

 誰よりも効率的にモンスターを駆除している。

 それなのに、財布の中身は来る前と全く変わっていない。


 

「はぁ……。これじゃ、ただのボランティア清掃員だ」


 

 思わず深い溜め息が霧に溶けていく。

 放課後の貴重な時間を使って、自分を磨いている実感はある。

 けれど、物質的な報酬が伴わないというのは、高校生の僕にとって、思っていた以上に精神的なダメージがあった。


 

「まあ……」


 

 僕は再び、霧の奥を見据えた。

 青白い影が、またこちらを誘うように揺れている。

 僕は右手を向け、反射的に力を込める。


 

【シュルッ!!】


 

 また一体、僕の一部となった。


 

「強くは、なってるんだけどな……」


 

 これは間違いない。

 吸い込むたびに、少しのタイムラグを置いて、あの快い熱が背筋を駆け上がる。

 そのたびに、掌の穴の「解像度」が上がり、世界が以前より鮮明に見えてくる。


 でも。


 

「……一円にもならないんだよな、これ」


 

 強くなる。

 けれど、収入はゼロ。

 まるで、ゲームでレベル上げに熱中するあまり、装備を買うためのゴールドを稼ぐのを忘れているような、歪な成長。


 

【シュルッ!】


 

 また一体、影が消える。

 静寂。


 

 僕は軽く肩をすくめ、少しだけ斜めに傾いた黒縁眼鏡を指で押し上げた。

 サイドを刈り上げた頭を冷たい風が撫でていく。


 

「そのうち、別のモンスターが出る場所も考えなきゃな……」


 

 ゴーストは確かに効率がいい。

 吸いやすいし、群れているし、何より「経験値」の質が高い気がする。

 でも、換金できる物理的なドロップ品がない。

 このままだと、僕は最強の「無一文」になってしまう。


 そんな、少しだけ切実な悩みをぼんやりと考えながら、僕はまた霧の奥へと歩き出した。

 青白い影は、まだ墓場の深淵に無数に漂っている。


 とりあえず。

 今日はもう少しだけ、この「無料の経験値」を貪っていこう。


 

 最強への階段を駆け上がる一方で、財布の軽さに頭を悩ませる少年。

 その名は、宮村洸。

 

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