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最弱能力『掃除』の僕、スライムだけ吸い込めるんだが  作者: コウ
第1章 掃除能力なのに突然モンスター対応!?

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第7話 不人気ダンジョンの効率狩り

 視界を遮るほどに濃い霧が立ちこめる墓場の通路を、僕はゆっくりと歩いていた。


 

 どこまでも続く、ひんやりとした静寂。

 時折、パキリと乾いた音を立てて足元の枯れ枝が折れる。

 左右には、長い年月を経て角が丸くなった欠けた墓石や、今にも倒れそうなほど傾いた木の杭が等間隔に並んでいる。

 足元を這い回る白いもやは、まるで生き物のように僕の足首にまとわりついてくる。


 その異様な光景の中を、青白い影がふわふわと、重力を忘れたかのように漂っている。


 ゴーストだ。


 

「……いた。まずは一体目」


 

 僕の体温に反応したのか、一体のゴーストがこちらに気付き、ゆっくりと距離を詰めてくる。

 足音もなく、ただ滑るように近づいてくるその姿は、初見なら背筋が凍るほど不気味だろう。

 普通の探索者なら、ここで聖水に浸した銀剣を構えたり、魔力を込めた防具の紐を締め直したりするはずだ。


 でも、僕は違う。


 右手を軽く、無造作に前に出した。

 サイドを短く刈り上げたツーブロックの境目を冷たい風が通り過ぎる。

 掌の中心に、すべてを呑み込む漆黒の穴を作るイメージ。


 昨日よりも、少しだけ鋭く。

 この空間そのものを、ピンポイントで削り取るような鋭利な感覚。


 次の瞬間。


 

【シュルルッ!!】


 

 短い風切り音と共に、ゴーストの半透明な体が糸のように細く引き絞られ、掌へと吸い込まれて消えた。

 あとに残ったのは、かき乱された霧の残像だけだ。


 墓場には、また元通りの静かな霧だけが漂っている。


 

「……やっぱり、いける」


 

 僕は小さく呟き、掌を閉じた。

 吸い込んだ直後の今、僕の体の中には、まだ何の変化も起きていない。


 昨日もそうだった。

 スライムを何体も吸い込んだ時、その場ですぐに力がみなぎるようなことはなかった。

 しばらくダンジョンを歩き回り、緊張が少し解け始めた数分後。

 忘れた頃にやってくる、体の奥がじんわりと温かくなるあの独特の感覚。


 あれがたぶん、僕という存在の器が、モンスターを取り込んで強くなる瞬間なんだ。


 だから、今はまだ、何も起きなくていい。

 この【タイムラグ】こそが、僕の能力の性質なのだと理解しつつある。


 

「……あとで、まとめて来るんだよな。あの熱が」


 

 僕は眼鏡のブリッジを押し上げ、霧のさらに奥を凝視した。

 青白い影が、視界の端々でまたいくつも漂っているのが見える。


 このダンジョン、レビューで『ゴーストが多すぎて嫌になる』と書かれていた理由がよく分かる。

 普通の武器では仕留めるのに手間がかかる敵が、これだけ密集していれば、探索者にとっては悪夢でしかないだろう。


 でも。

 僕にとっては違う。

 目の前に広がるこの光景は、全部、僕を成長させるための「餌」に見えていた。


 

 右手を軽く振る。


【シュルッ!】


 一体。


【シュルルッ!】


 二体。


【シュルッ!】


 三体。


 ゴーストたちは抵抗らしい抵抗も見せず、次々と僕の掌へと吸い込まれていく。

 実体がない分、スライムよりずっと「軽い」。

 まるで、空気清浄機で薄い煙を吸い込んでいるような感覚だ。

 吸い込みの邪魔になる質量がほとんどないため、一瞬で処理が終わる。


 

「……これ以上ないくらい、相性がいいな」


 

 歩く。

 吸う。

 歩く。

 吸う。


 気付けば、それは探索というより、単調な「作業」に近いものになっていた。

 僕は静かに、迷路のような墓場の通路を曲がった。


 すると、視界が少し開けた広場のような場所に出た。

 そこには――。


 

「うわ……すごいな、これ」


 

 ゴーストが群れていた。

 十体、いや、それ以上か。

 霧の中に揺れる青白い影が、まるで無数の提灯ちょうちんのように密集している。


 普通の探索者なら、即座に踵を返して逃げ出すか、全滅を覚悟する光景だろう。

 けれど、僕は足を止めて少しだけ考えた。

 そして、確信を持って右手をゆっくりと持ち上げた。


 

「……まとめて吸えたり、するかな」


 

 試してみる価値はある。

 掌の穴を、今までよりも強く、より広範囲にイメージする。

 より深く。

 より鋭く。

 この空間の座標そのものを、根こそぎ引き裂くように。


 その瞬間。


 

【ゴオオオオッ!!!】


 

 轟音と共に、墓場の空気が一気に収束を始めた。

 停滞していた霧が激流となって流れ込み、その中心にいたゴーストたちが一斉に体を引きずられる。


 

【シュルルルルルルルルルッ!!】


 

 十体以上の青白い影が、巨大な糸束のように圧縮され、悲鳴を上げる暇もなく掌の穴へと吸い込まれていった。


 

 静寂。


 

 再び、霧だけがゆっくりと流れる静かな墓場に戻る。


 

「…………」


 

 僕はその場で、呆然と自分の手を見つめた。

 今のは明らかに、今までとは次元が違った。

 一撃で十体以上を無に帰した感覚。


 でも、やはり僕の体の中には、まだ何の反応も起きていない。

 心臓の鼓動も、体温も、吸い込む前と変わらないままだ。


 

「まあ……今は、こうだよな」


 

 僕は軽く肩をすくめた。

 変化はいつも、忘れた頃に、少し遅れてやってくる。


 

「あとで、どれくらいの熱が来るんだろ……」


 

 ゴースト一体分でもそれなりの熱量だったのに、今みたいに十体まとめて吸い込んだら、一体どうなるんだろう。

 少しの不安と、それを上回るほどの期待が、胸の中で小さく火花を散らす。


 その時だった。

 背後の通路の奥から、話し声が漏れ聞こえてきた。


 

「……あれ? おかしいな」


 

 野太い男の声。探索者だ。


 

「この辺、もっとゴーストが密集してる区画じゃなかったか?」


 

「地図のデータだとそうだったはずだがな……。おい、スカスカじゃねえか」


 

 二人組の探索者が現れた。

 革の鎧や頑丈そうな防具を身につけた、ベテラン風の男たちだ。


 

「……なんか少なすぎねえか?」


 

 一人が不気味がるように周囲を見回す。


 

「ギルドの巡回記録だと、ここは結構湧くはずなんだが。誰か先に抜けたのか?」


 

「いや、あのおっさんの小屋に他に誰かいたか? まあ、こういう日もあるか」


 

「だな。気味が悪いが、進むぞ」


 

 二人は短く言葉を交わすと、僕の存在に気づくこともなく(あるいは眼中の外だったのか)、そのまま通路の奥へと消えていった。


 僕は霧の中で、ぼんやりとその背中を見送った。

 特に声をかけて説明する理由もない。

 ダンジョンの中で他の探索者とすれ違うなんて、珍しいことでもないからだ。


 やがて彼らの足音が遠ざかり、墓場にはまた、僕一人の静かな霧が戻ってきた。


 僕は少し斜めに傾いた眼鏡を押し上げる。

 霧の奥には、まだ淡く光る青白い影がいくつか漂っている。


 

「……よし。もう少し、奥まで行ってみよう」


 

 右手を前に出す。

 掌の先に、静かに、けれど貪欲な暗黒の穴が開く。


 このダンジョン。

 ネットのレビューは散々だったし、他の探索者には不評みたいだけど――。

 僕にとっては、これ以上ないほど「効率的」な、最高の成長の場になりそうだ。


 誰もいなくなった墓場で、独り霧を吸い込み続ける少年。

 その名は、宮村洸。

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