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最弱能力『掃除』の僕、スライムだけ吸い込めるんだが  作者: コウ
第1章 掃除能力なのに突然モンスター対応!?

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第5話 スライム狩り

 翌日の放課後。


 

 僕は、昨日と同じダンジョン受付の前に立っていた。


 

 今日は昨日とは違う。

 制服の胸ポケットには、昨夜、母さんがため息をつきながらサインしてくれた親の署名入り承諾書が入っている。

 そして受付の汚れたアクリル板越し、机の上には、刷りたての簡易ライセンスカードが置かれていた。


 

 係員はそれを指先でひょいとつまみ上げ、僕の顔と交互に見比べながら、呆れたように言った。


 

『まさか本当に持ってくるとはな……。昨日の今日で、よく腰が引けなかったもんだ』


 

「言いましたよね。やるって」


 

 僕は、少しだけ胸を張った。

 サイドを短く刈り上げたツーブロックの境界線を指でなぞり、斜めに傾いた黒縁眼鏡をクイッと指で直す。


 昨日の「派手な転倒吸引事件」で、受付や周囲の探索者たちの間では完全にネタキャラ扱いされている気もする。

 けれど、それでも結果は結果だ。

 僕は、確かにスライムを消し去ることができる。


 それが事実なら――やることは一つしかない。


 

『まあいい。ルールだ。これが君の初級探索ライセンスだ。紛失しても再発行には金がかかるからな』


 

 机の上に、プラスチック製のカードが滑ってくる。


 そこには小さく、

【宮村 洸】

【探索ランク:見習い】

 と印字されていた。


 

『行けるのは第一層だけだ。あそこはスライムしか出ないが、油断して囲まれたら窒息するぞ。無理はするな』


 

「はい!」


 

 カードを受け取る指先が、わずかに震えていた。

 恐怖じゃない。これは、間違いなく興奮だ。

 昨日までクラスの背景でしかなかった僕が、ついに「正式な探索者」として認められた。

 その実感が、じわじわと全身を駆け抜けていく。


 

 ✳✳✳✳✳


 

 ダンジョンの入口をくぐる。


 

 ゲートを抜けた瞬間、肌を撫でる昨日と同じ冷たい空気。

 人工的な照明が届かない場所に広がる、湿った岩とカビの混じった独特の匂い。

 どこか遠くで、水滴がコンクリートの床に落ちる音が響いている。


 でも、今日は昨日とは決定的に違う。

 今日は「見学」や「テスト」じゃない。

 僕一人の、自由な探索だ。


 

「……よし。まずは一歩目だ」


 

 僕は肺の奥まで冷気を吸い込み、小さく吐き出した。

 薄暗い通路を奥へ進むと、すぐに見つかった。


 通路の隅、ぼんやりとした光を反射して蠢く、青いゼリー状の塊。

 野生のスライムだ。


 昨日は無様に転んで吸い込んだが、今日は違う。

 最初から狙って、確実に仕留める。


 僕は足を止め、右の掌を前に突き出した。

 意識を一点に集中させる。

 掌の先に、すべての光を呑み込むような漆黒の穴を作るイメージ。


 スライムがこちらの気配に気づいたのか、ぷるぷると震えながらゆっくりと近づいてくる。


 そして――。


 

【シュゴォッ!!】


 

 一瞬だった。


 空気を切り裂く快音と共に、スライムは抵抗する間もなく僕の掌の先の穴へ吸い込まれた。

 粘液の一滴すら残さず、空間ごと削り取ったかのように、跡形もなく消え去る。


 

「……できた。やっぱり、これだ」


 

 昨日より、ずっと心が落ち着いている。

 しかも、自分の意志で、タイミングを完璧に制御できた。


 

「……もう一匹」


 

 すぐ近くの角を曲がった先に、別のスライムを見つけた。

 僕は歩みを止めず、流れるように手を向けた。


 

【シュルッ!!】


 

 吸い込まれる。

 まるで、散らかった部屋で目立つゴミを順に吸い取っていくような、あの感覚。


 

 もう一匹。


 

【シュゴォッ!】


 

 また一匹。


 

【シュルシュル……】


 

「……これ、簡単すぎないか?」


 

 ✳✳✳✳✳


 

 気付けば、僕はダンジョンの薄暗い通路を軽快なステップで歩きながら、次々に現れるスライムをデリートしていた。


 

【シュゴォッ!】


 

【シュルル!】


 

【シュゴォッ!】


 

 高性能な掃除機をかけているようなリズムで、ダンジョンが「清掃」されていく。

 最初はあんなに緊張していたのに、数体吸い込んだ頃には、もう完全にこの「作業」に慣れてしまっていた。


 ふと、僕は自分の掌を目の前に持ってきた。

 掌の先に展開される穴の感覚が、数分前とは明らかに違うことに気づく。


 

「……穴、大きくなってる?」


 

 もちろん、目に見えてサイズが変わったわけじゃない。

 けれど、感覚的にわかる。

 穴の縁が以前より鋭くなり、吸い込む力の『引き』が一段と強くなっているのだ。


 試しに、少し離れた場所にいた、通常より一回り大きなスライムに向けてみる。


 

【シュゴォッ!!】


 

「やっぱりだ。昨日より明らかに楽に吸える」


 

 吸い込むスピードも速い。

 これは、ただ慣れただけじゃない。


 

「これって……吸えば吸うほど、能力が【成長】してるってことか?」


 

 期待が胸の中でシュワシュワと泡立つ。

 掃除能力なんて馬鹿にされていたけれど、これ、鍛えればとんでもないことになるんじゃないか?


 

 ✳✳✳✳✳


 

 それからしばらく、僕は時間の許す限り狩り……いや、「掃除」を続けた。


 

 スライム。


 スライム。


 またスライム。


 

【シュゴォッ!】


 

【シュゴォッ!】


 

【シュゴォッ!】


 

 ダンジョンの第一層は、文字通り最弱のスライムしかいない。

 安全と言えばこの上なく安全だ。


 でも同時に。

 僕は足を止め、静まり返った通路を見渡して、少しだけ首をかしげた。


 

 あまりに、簡単すぎる。


 

 こちらを傷つけることすらできない弱い敵を、遠距離から一方的に消し去る。

 危険はほとんどない。

 けれど、それゆえに物足りなさがこみ上げてくる。


 

「……弱すぎるんだよな、相手が」


 

 スライムは、吸い込まれる瞬間に何の抵抗も見せない。

 確かに穴の吸引力は上がっている気がする。

 でも、手応えが軽すぎるのだ。


 

「これじゃ、能力の成長スピード、頭打ちになるのも早いんじゃないか?」


 

 もっと密度の高いゴミ……じゃなくて、モンスターを吸わないと、この穴はこれ以上大きくならないような、そんな予感がしていた。


 

 ✳✳✳✳✳


 

 一通りの「清掃」を終え、僕は意気揚々と出口へと向かった。


 

 ふと、周囲の探索者たちの様子が目に入る。

 彼らは倒したスライムの死骸から、ナイフを使って手際よく【核】を取り出したり、希少な粘液を小瓶に詰めたりしている。

 それをダンジョンの受付に持ち込み、素材として取引することで、彼らはお金を稼いでいるのだ。


 

「……あ」


 

 嫌な予感が、頭をよぎった。


 

 ダンジョン出口の受付。

 僕はライセンスカードを提出し、誇らしげに報告した。


 

「スライム、二十七体やりました!」


 

 係員は驚いたように目を見開き、記録用の魔石を確認した。


 

『……スライム二十七体? 確かにな、討伐数は間違いない。見習い初日の数字じゃないぞ。……で、素材は? 【核】を出しな。精算してやるから』


 

「素材……ですか?」


 

 僕は思わず固まった。

 言われてみれば、普通の探索者はモンスターを倒した後、その証拠となる部位や価値のある核を持ち帰る。

 それが彼らの「給料」になるのだ。


 

 僕は恐る恐る、受付のトレイの上に自分の右掌をかざした。

 意識を集中させ、掌の先の穴を「逆再生」……いや、下に向けて開いてみる。


 

「……出てこい」


 

 心の中で念じるが、掌の先からは、ひんやりとした風が微かに漏れるだけだ。


 

 スカッ。


 

 トレイの上には、石ころ一つ、粘液一滴すら落ちてこない。


 

「…………何も、出ません」


 

『……は? 何も出ないって、お前。核はどうしたんだよ』


 

「ええと……吸い込んだら、そのまま、どこかへ消えちゃいました」


 

 係員は、ポカンとした顔で僕の掌とトレイを交互に見つめ、それから盛大なため息をついた。


 

『お前……それ、倒したんじゃなくて「消した」だけだろ。素材まで消しちまったら、一銭にもならないぞ』


 

「……やっぱり無償ですか」


 

『当たり前だ。取引するもんがねえんだからな。……いやはや、本当に「ただの掃除」をしに来たわけか。ご苦労なこった』


 

 僕はガックリと肩を落とした。

 討伐数二十七。記録としては立派だが、懐に入る報酬は【ゼロ】。

 これでは、ただの熱心なボランティア清掃員である。


 

 ✳✳✳✳✳


 

 つられて僕も、自嘲気味に少しだけ笑った。


 

 最弱のモンスター。

 そして、周囲から馬鹿にされてきた最弱の能力。

 お金にはならないし、誰かに褒められるわけでもない。

 でも――。


 

「……悪くないかもな、こういうのも」


 

 夕陽に照らされた自分の掌を見つめる。

 掌の先に作る、目に見えないほど小さな漆黒の穴。

 まだまだ弱くて、今の僕にはスライムが精一杯だ。


 けれど、確実に、昨日よりは強くなっている。

 吸い込んだ時のあの確かな手応えだけが、報酬の代わりとして、僕の胸を熱く焦がしていた。


 ただ一つ、贅沢な悩みがあるとすれば。


 

「……スライムだけじゃ、明日からちょっと退屈かもな」


 

 僕の能力は、さらなる「獲物」を欲している。

 スライムよりも形が複雑で、スライムよりも吸い込みにくい、もっと手応えのある相手。


 その考えが、好奇心という名の小さな芽となって、僕の胸の奥に根を張り始めていた。


 

 たとえ一円も稼げなくても。

 宮村洸の、本格的な「冒険」はまだ始まったばかり。

 そして彼の「吸引力」は、さらなる高みへとその口を開こうとしていた。

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