「また明日」が言えなくなる日まで
「また、会えたね」
凍えるような吹雪の早朝
私は寝巻きに上着を着ただけの軽装のため寒さで震えながらも目の前の少女に声をかける
「…私に会いたいからって、来るの早すぎじゃない?」
「えへへ…でも渚朝に会いたかったんだよ」
少し不機嫌そうな少女の頬に触れる
(冷たい)
触れるだけで、自分の指の熱が吸い取られていくみたいだ
「やっぱり冷たいねぇ、ほら、私があっためてあげるよ!」
「ちょ、やめてってば…!だって私……」
少女は何かを言いかけたが口を閉じてしまう。その小さな口からは白い息が漏れている
いつもこうだ、何かを言いかけては言わずに止まる
「やっぱり渚朝はあったかいねぇ、夏に会えたらよかったのにね」
「…そうね、まぁ咲夜にずっと触られたら、私溶けちゃうかもだけど」
少し言い淀んでからいつもの調子で私に言い返してくる
言い返してもいつも簡単に反論されてしまう
これもいつものことだ
「もー、やっぱり渚朝には勝てないなぁ」
「私だって、咲夜には勝てないよ、…悪い意味で」
そんな言い合いを繰り返す
しかし、楽しい時間は、気づく前に終わってしまう
「ねぇ、もうそろそろ時間なんじゃないの?"ここ"にいたら戻れなくなっちゃうよ?」
「あ、そうだった!…じゃあね!また明日!」
大きく手を振り少女に別れを告げる
大丈夫、明日もきっとまた"来てくれる"そう信じて家へ向かった
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「ちょっと、咲夜!?まーた"あそこ"に行ってたのね!?」
「ひぇ、!お母さん…?起きてたのぉ!?」
まだ時刻は5時を回っていない
口笛を吹いて誤魔化しながら母の次の言葉を待つ
「もう…あんなところに行ってなにが楽しいんだか…」
「いや!すごく楽しいよ!だって…」
口が止まる
思い出そうとすると、指の隙間から零れ落ちていく
「あれ…何のためにあそこに行ってるんだっけ?」
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「おかえりなさい、渚朝」
「…ただいま」
家に入った瞬間不気味な感覚に包まれる
壁は黒く、数枚のお札が見える。事故物件、というやつだ。
自分の家なのに妙に落ち着けない
「…」
「なに、父さん」
声もかけずにただ見つめてくる父を薄く睨む
「…気をつけろよ、人の"魂"は熱いからな」
「…チッ、わかってるわよ」
自身の頬に触れる
そこには先ほどの温かみがまだ残っているように感じた
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「おはよう、また会えたね」
翌朝、目の前にいる少女に言葉を告げる
これは"合図"だ。
「あれ、渚朝?おはよぉ」
ふぁ、とあくびをする少女
「…あれ?なんでここにいるんだっけ」
少女は首を傾げたまま、雪を踏みしめている
「…うん、おはよう。今日は随分とお寝坊さんだね?」
「だってぇ、昨日夜更かししたから…」
そう言って少女は私に抱きついてくる
暖かい、あんな家なんかよりもよっぽど安心できる
「あ〜…冷たい…癒されるぅ…」
そんなことを言ってくる少女の頬を突きながら文句を言う
「ほら、あんたが寝坊助なせいでもうお別れの時間よ」
「えぇ!?本当だぁ…もっと話せたらいいのにねぇ」
帰る方向も真反対だしー、と目の前の少女は悲しげに言う
「ま、別にいいでしょまた明日会えるんだからさ…明日寝坊したら承知しないからね?」
「もっちろんだよ!咲夜ちゃんに任せてよね!」
ふふん、と鼻を鳴らしながら少女は歩き出す
「それじゃあ、また明日!」
「うん、またね」
走り出した少女に小さく手を振る
その背中が見えなくなった時、私は手を下ろす
「それじゃ、帰りますか」
私は、柵の向こうに見える朝焼けの方へ歩き出した
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「ねぇねぇ、渚朝…知ってる?」
「、なにが?」
いつもは話しかけてこない母に話しかけられ少し驚く
「人が天に帰るのは亡くなってから49日なんですって…何か意味があるのかしら?」
「…さあね、私が知ってるわけないでしょ」
そういうと母はにっこりと笑って部屋から出ていった
(ほんと、意味わかんない)
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「また会えたね」
私は、目の前の可愛い女の子にそう言われて目が覚める
「あれ…貴女は…?私はどうして…」
ぼんやりと辺りを見渡す
目の前には女の子、そしてもう直ぐ止んでしまいそうなほどの雪が降っていた
「……私は渚朝、あんたは咲夜、知ってるでしょ?」
「あ〜、渚朝か…うん、覚えてるよ」
思い出した、私の親友。大好きな人
(何で忘れちゃってたんだろう?)
いつも通り抱きつこうと手を伸ばす
その瞬間、自分の体を雪が通り抜けた
(あれ…?)
自分の手を見つめる
すると急に渚朝が私に抱きついてきた
「わわ!珍しいねぇ、甘えたかったの?」
「別に、あんたが困ってた気がしただけ」
さっきの雪はきっと幻覚であろう。人の体を雪が通り抜けるわけがない
「えへ、なんか動きにくいやぁ…渚朝が冷たいからかな?」
「うん、そうだよ…きっとそう」
悲しそうな声だ。この子は、昔からそうやって我慢する
(だから、慰めてあげなきゃいけないの)
目の前の少女の頭を撫でる
「大丈夫、私がいるよ…ここにいるよぉ」
「…それは、大丈夫じゃない、大丈夫じゃないよ…」
少女の手が私に巻き付く
顔が見えない、今彼女はどんな顔をしているのだろうか
「…あ、時間…」
少女は呟く
いつもなら帰る。でも、今日は何だか帰ってはいけない気がした
「待って、渚朝…!もっと話したいよ…」
少女が一瞬私を見る
「…ごめん」
それだけ言うと、少女は走って去っていってしまった
私は、離れていく背中に声をかけられなかった
指先だけが、いつまでも宙を掴む
(…でもッ)
去っていく少女の背中はいつもより小さく見える
「また、明日ね!」
私は、それしか言えなかった
振り絞るような声でそう叫んだ私の声はきっと少女には届いたのだろうか
(大丈夫、渚朝は"来てくれる")
その信頼を胸に私は家へと向かった
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「ただいま、お母さん」
「…」
返答がない
最近、みんな変だ。お母さんも、渚朝も
「お母さん…?」
動かない母に近づき顔を覗き込む
母は手元のカレンダーをじっと見つめたまま固まっていた
「?これ…」
カレンダーには、今日までの印が並んでいた
母は、最後の一つを見つめたまま動かない
(印が始まったのは__一ヶ月と何日か前…)
「…っ!?渚朝…ッ」
玄関に向かって走り出す
しかし、時すでに遅く私の意識は消えていってしまった
(また明日って、言ったのに…)
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「おはよう、また会えたね」
返答はない
「…また会えたね…」
静かな墓場に自分の声だけが虚しく響く
雪はもう止み、春がやってきた
「昨日は、ごめん…」
目の前にある冷たい石に触れる
人の魂を感じない
「私が"また明日"って言えてたら…!」
靴の中に水が染み込む
「雪、溶けちゃったよ…あっためてよ」
目の前の石__彼女の墓石に抱きつく
「大丈夫、私も一緒だよ…」
あるはずの無い彼女の「暖かさ」を感じながら私は眠りについた
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「…また、会えたね」
目の前の少女がそう告げる
「ちょっとぉ、私に会いたいからってくるのが早すぎるよ〜?」
頬が膨らむ。それと同時に笑みも溢れる
「うん、ごめん。でも私咲夜に会いたかったよ」
そう言って少女は笑った
その笑顔は、忘れることのない。昔から、大好きな笑顔だ。
「も〜…あ!ほら、あっためてあげるよ」
少女に抱きつく
あの冷たさを感じることは、もうできない
「ふふ、もう暖めてくれなくて大丈夫」
少女はくるりと後ろを向き地面を指差す
「もう、冬は終わったから」
その指の先には桃色の花畑が広がっていた
春の匂いがした
それでも、私は寒かった




