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第5話 生徒会は変人(クリエイター)の巣窟

 放課後のチャイムが鳴ると同時に、俺の胃はキリキリと痛み始めた。


 原因は明白だ。


 昨夜のメッセージ。『ねえ、パパ。……見ちゃったよ?』


 そして、屋上から手を振っていた謎の小柄な影。




 俺の正体を知っているのか?


 それとも、俺と会長の関係(介護労働)を目撃しただけなのか?


 どちらにせよ、平穏な高校生活を脅かす時限爆弾であることに変わりはない。




「……行くしかないか」




 俺は覚悟を決め、カバンを掴んで席を立った。


 向かう先は、アトリエ棟最上階、生徒会室。


 カレンの原稿は今夜が正念場だ。爆弾処理も重要だが、まずは目の前の締め切りを守らなければならない。クリエイター(の端くれ)として、納品前のトラブルで逃げるわけにはいかないのだ。




 重厚なマホガニーの扉の前に立つ。


 中からは、いつもの静寂……ではなく、何やら騒がしい声が漏れ聞こえていた。


 俺は一呼吸置いて、ノックをした。




 コン、コン。


 ガチャリ。




「失礼します。……お約束通り、来ましたよ」




 扉を開け、足を踏み入れた瞬間。


 俺の視界を、ピンク色の何かが埋め尽くした。




「あー! やっと来たぁ! 待ってたよぉ、パ・パ♡」




 甘ったるい、砂糖菓子を煮詰めたような声。


 同時に、ふわりと香るベリー系の香水。


 俺の右腕に、何かが柔らかく、温かい感触と共に絡みついた。




「……おい」




 視線を下げると、そこには小柄な少女がいた。


 鮮やかなピンクがかったボブカット。大きな瞳は猫のように吊り上がり、制服の上からダボっとした大きめのパーカー(ウサギの耳付き)を羽織っている。


 足元はルーズソックスに厚底スニーカー。


 いかにも原宿あたりにいそうな、現代っ子全開のファッションだ。




 彼女は俺の腕をギュッと抱きしめながら、上目遣いでニタニタと笑っている。


 その瞳の奥にあるのは、純粋な好意ではない。玩具を見つけた子供のような、あるいは獲物を値踏みするような、狡猾な光だ。




「……誰ですか、貴女は」


「えー? ひどーい。昨日の夜、あんなに熱いメッセージ送ったのにぃ。既読スルーするんだもん、泣いちゃったよ?」




 少女は唇を尖らせてみせる。


 その仕草一つ一つが、計算されたようにあざとい。


 この声。この独特のイントネーション。そして『パパ』という呼び名。


 俺の脳内データベースが高速で検索をかけ、一つの解を導き出した。




「……白雪しらゆきマシロ、か?」




 彼女の目が丸くなる。


 そしてすぐに、三日月のような意地悪な笑みに変わった。




「正解っ! すごーい、私のこと知っててくれたんだ? 有名人はつらいなぁ」




 白雪マシロ。一年生の会計係。


 だが、その正体はただの生徒ではない。


 動画配信サイト『StreamZ』でチャンネル登録者数五十万人を誇る、新進気鋭のVTuber『マシロン』の「中の人」だ。


 毒舌とあざとさを織り交ぜたトーク、そして確かなゲームの腕前(FPSのランクはプレデター級だとか)で人気を博している、自称「国民的妹」。




「知ってますよ。クラスの男子がよく話題にしてますから」


「ふふん、そっかぁ。……で? 私のこと、どう思う?」


「どうとも思いません。離してください、仕事の邪魔です」




 俺は冷淡に告げ、腕を引き剥がそうとした。


 だが、マシロは驚くべき握力でしがみついたまま、俺の耳元に顔を寄せた。




「冷たいなぁ。……でも、そういうとこも『ナイン』っぽくて好きだよ?」




 ――時が止まった。


 心臓が早鐘を打つ。


 全身の血液が逆流するような感覚。


 ナイン。俺が封印した、過去の名前。伝説のインディーゲーム開発者としての、俺のID。




「……何の話だ?」


「とぼけても無駄だよぉ。カレンちゃんの家のセキュリティ、昨日の夜ハッキングしたでしょ?」




 マシロは楽しそうに囁く。




「私ね、生徒会のセキュリティ管理も任されてるの。今朝ログを見たら、バックドアの痕跡があってびっくりしちゃった。……あのコードの書き癖、変数の命名規則、難読化のアルゴリズム。昔、ナインが技術ブログで公開してた『署名シグネチャ』と完全に一致してたもん」




 ……不覚。完全に不覚だ。


 昨夜、カレンのマンションに入る際、オートロックの認証ログに自分の痕跡(生徒会キーのID)を残さないよう、無意識に手癖で処理をしてしまっていた。


 息をするようにハッキングしてしまう、元プログラマーの悲しき習性。


 それを解析した? この一見お花畑に見える少女が?




「へぇ……。この男が、あの『ナイン』?」




 その時、部屋の奥から、もう一つの声が降ってきた。


 氷のように冷たく、それでいて深みのあるアルトボイス。


 窓際のソファに座り、分厚いハードカバーの洋書を読んでいた少女が、ゆっくりと顔を上げる。




 腰まで届く艶やかな黒髪。切れ長の瞳。陶器のように白い肌。


 制服の着こなしはきっちりとしているが、どこか近寄りがたい孤高のオーラを纏っている。


 鳳凰院ほうおういんセリカ。


 二年C組、生徒会副会長。そして――二年前に新人文学賞を総なめにしてデビューした、現役女子高生作家だ。




「……鳳凰院先輩まで」


「会長が男を連れ込んだと聞いた時は驚いたが……所詮は顔だけの一般人かと思っていた。だが、あの『幻想の終わり《ファンタジア・エンド》』のディレクターだというなら、話は別だ」




 セリカが本をパタリと閉じ、立ち上がる。


 その瞳の色が変わる。侮蔑から、興味へ。そして、獲物を狙う狩人のような鋭い視線へ。


 彼女は俺の目の前まで歩み寄ると、値踏みするように上から下まで眺めた。




「貴様のシナリオ論、興味があった。特にラストシーンの分岐における、プレイヤーの罪悪感を刺激する構造……あれはどういう意図で設計した?」


「ちょ、セリカちゃん! 抜け駆け禁止! パパは私の獲物なんだから!」


「誰がパパだ。誰が獲物だ」




 俺は頭を抱えた。


 カレンの世話係だけでも手一杯なのに。


 ハッキングを見破る天才ハッカー兼VTuber。


 考察厨の天才作家。


 この生徒会には、まともな人間はいないのか。変人の見本市かここは。




「あの、二人とも……九条くんをいじめないであげて……」




 デスクの奥から、死にそうな声が聞こえた。


 カレンだ。


 彼女は制服姿だが、髪はボサボサで、目の下には隈ができている。机の上にはエナドリの空き缶がまた増えていた。




「九条くんは……私の……命綱なの……彼がいないと……原稿が……」


「会長、手が止まってますよ。あと何枚残ってるんですか」


「……背景の塗りがあと三枚と、仕上げの加工が……」




 絶望的な数字だ。


 締め切りまで、あと十二時間もない。


 このままでは確実に落ちる。




「……マシロ、セリカ。お前ら、暇か?」


「え? これからエペのランクマ回す予定だけどぉ?」


「私は新作のプロットを練る時間だ。スランプで一行も書けていないがな」




 二人は悪びれもせず答える。


 俺は大きく息を吸い込み、腹の底から声を張り上げた。




「遊んでる場合か! 会長が原稿落としたらどうなるか分かってるのか!」




 俺の怒号に、三人がビクッと肩を震わせた。


 生徒会室の空気が凍りつく。




「いいか、よく聞け。この学園の生徒会予算は、役員の実績評価に連動している。会長が今回、大型の新刊を落としてコミケでの評価を下げれば、次年度の予算は大幅カットだ」




 俺はマシロを指差した。




「マシロ、お前の配信機材の更新予算、どこから出てると思ってる? 防音室の維持費は?」


「あ……」


「セリカ、お前が文芸部誌の発行に使っている高級用紙のコスト、誰が承認してる?」


「……む」




 金予算。


 それはクリエイターにとっての生命線であり、唯一にして最大の弱点。


 二人の顔色が変わった。




「パパ……もしかして、予算減らされると、私の新しいマイク買えない?」


「愚問だ。それどころか、部室のエアコン代すら怪しくなるぞ」


「そ、それは困る……執筆環境の悪化は、創作の死を意味する……」




 二人が顔を見合わせる。


 俺は畳み掛けた。




「協力しろ。会長を入稿させるんだ。それがお前らの利益メリットにもなる」




 俺はホワイトボードに素早く工程表を書き出した。


 かつて、数十人の大人を動かしてデスマーチを乗り越えた経験が、このカオスな状況で火を噴く。




「マシロ。お前は配信用のハイスペックPCを持ってるな? それを使って、会長のデータのレンダリングと、背景素材の3Dモデリングをやれ。パース合わせの手間を省く」


「えぇー!? 私、3Dは専門外だよぉ!」


「嘘をつけ。お前のアバターの微調整、自分でやってるだろ。その技術があれば十分だ」


「うっ……バレてる……」




「セリカ。お前は文章のプロだ。今回の画集のキャプション、あとがき、そしてSNSでの告知文。すべてのテキスト周りをお前が担当しろ。会長の語彙力じゃ『すごい』と『やばい』しか出てこないからな」


「……私の文章を、宣伝ごときに使えと言うのか?」


「『神は細部に宿る』だ。お前の重厚な筆致で、この画集の世界観を補強しろ。それに、スランプなんだろ? 他人の作品に言葉を添えることで、新しい回路が開くこともある」


「……一理あるな。乗った」




 交渉成立。


 俺は最後に、死にかけているカレンに向き直った。




「会長。貴女はひたすらキャラを塗ってください。一番おいしいところだけをやればいい。面倒な背景と仕上げは、俺たちがやります」


「く、九条くん……」




 カレンの瞳に、涙が浮かぶ。




「ありがとう……! 私、やる! 絶対終わらせる!」




 カレンがペンを握り直した。その目に光が戻る。


 マシロはブツブツ言いながらもノートPCを開き、セリカは優雅にキーボードを叩き始めた。




「よし。作業開始だ」




 俺自身も、予備のPCに向かい、進行管理とデータ統合の準備を始める。


 生徒会室が、熱を帯びた『制作現場スタジオ』へと変貌する。


 キーボードの打鍵音、ファンの回転音、そしてクリエイターたちの熱気。




 隠居生活? モブ?


 ああ、そんなものはもう遠い過去の話だ。


 今の俺は、この個性豊かすぎる、そして才能に溢れた問題児たちを率いる、たった一人のディレクター。




 心地よい疲労感と共に、俺はニヤリと笑った。


 悪くない。このヒリヒリするような感覚。久しぶりだ。




「さあ、見せてみろよ、天才ども。……最高の作品マスターアップをな」




 こうして、俺と三人の美少女クリエイターたちによる、長く、熱い夜が幕を開けた。

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