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私の価値は、あなたが決めるものではないのです

作者: たまユウ

「リゼット。貴様は本日をもって、俺の婚約者候補から除外する」



 王立魔導学園の卒業パーティー。

 その華やかな喧騒の真っ只中、テラスで二人きりになった瞬間、皇太子であるクリストフ殿下は、凍るような声でそう告げました。

 私、リゼット・フォン・ヴァイス侯爵令嬢は、生まれつき「魔力がない」とされてきました。

 魔力がすべてのこの国において、侯爵家に生まれながら魔力を持たない私は「空っぽの器」、「出来損ない」と(さげず)まれ、実家では幽閉同然の扱いを受けてきました。


 そんな私が、なぜ皇太子の婚約者「候補」であったか。

 それは、私が側にいる時だけ、生まれつき強大な魔力を保有していた殿下の魔力が不思議と安定する、という理由だけ。

 私は、彼の魔力を安定させるための「道具」としてのみ、存在を許されていたのです。



「……理由を、お伺いしてもよろしいでしょうか」



 私がそう問いかけると、クリストフ殿下は、まるで汚物でも見るかのように、私を一瞥(いちべつ)しました。

 彼の綺麗な金髪が、夜風に冷たく揺れています。


「理由だと?簡単なことだ。俺の魔力は、学園の最終試練を経て、完全に制御できるようになった。……つまり、お前という「安定装置」は、もう必要ない」


「……!」


「もはや魔力のない貴様を、側に置いておく価値はない。俺は近々、真の聖女と噂される、ミリアム男爵令嬢と婚約を結ぶ。お前のような「空っぽ」ではなく、祝福された魔力を持つ彼女こそ、俺の隣にふさわしい」



 ミリアム男爵令嬢。

 学園でも、彼女が触れると花が咲き乱れると噂の、愛らしい少女。

 クリストフ殿下が、私を伴っている時でさえ、楽しげに語らっていた相手。


 ……ああ、やはり。

 私は、とうとう「用済み」になったのですね。

 胸を突く痛みは、悲しみなのか、それとも、ようやく解放されるという安堵なのか、自分でもわかりませんでした。


「……承知、いたしました。クリストフ殿下。これまで、お役立てていたのでしたら、幸いです」


 私が、最後の意地で、無感情にそう言い放つと、殿下はつまらなそうに顔を歪めました。

 私が泣いて縋るとでも思っていらしたのでしょうか。


「フン。せいぜい、実家の塔で、残りの人生を無為(むい)に過ごすことだな」


 彼はそれだけを言い残し、私に背を向け、パーティーの光の中へと戻っていきました。

 ミリアム嬢の待つ、光の中へ。


 テラスに一人残された私は、ドレスの裾を握りしめました。

 実家に戻る?

 あの、私を「出来損ない」と呼び、価値がなくなれば平気で塔に閉じ込める、あの家へ?



 ……冗談では、ありませんわ。



 道具としての役目が終わったのなら、もう、誰の指図も受ける必要はない。

 私は、このパーティー会場から、誰にも告げず、そのまま「逃亡」することを選びました。

 みすぼらしい研究費用として貯めていた僅かな金と、着の身着のままのドレス。

 それが、私の全財産でした。



―・―・―



 王都を抜け出し、あてもなく乗り合い馬車に揺られること、十日。

 私は、大陸の東、「忘れられた谷」と呼ばれる場所の近くで、猛烈な魔力嵐に巻き込まれました。



 空気が歪み、魔力が荒れ狂う。

 私のような「魔力なし」にとっては、嵐の中心にいるのも同然。

 馬車は横転し、私は外へ投げ出され……そのまま、意識を手放しました。


 ……次に目を覚ました時、私は、見知らぬ天井の下にいました。

 木の温もりと、不思議な鉱石の匂いがする部屋。


「……気がついたか」


 低い、落ち着いた声。

 私が横になっていた寝台のそばの椅子に、一人の男性が座っていました。無造作に伸ばされた黒髪、鋭い、しかしどこか疲れたような青色の瞳。彼のその指先は、インクと油と、魔力の残滓(ざんし)で汚れていました。



「あんた、運が良かったな。あの魔力嵐の中心で、五体満足で倒れてるなんて、普通じゃありえない」


「……あ、あなたは……?」


 掠れた声で問うと、彼は面倒くさそうに頭を掻きました。


「俺はアッシュ。この谷で工房をやってる、しがない魔道具師だ。嵐の調査に出て、あんたを拾った」



 アッシュ……。

 その名を、私は聞いたことがありました。

 かつて王都で「平民の天才」と呼ばれ、画期的な魔道具を次々と生み出しながら、数年前に忽然と姿を消した、あの魔道具師ギルドマスター……。



「……あんた、貴族だろう。それも、かなりの上流の。なんであんな場所で、一人で倒れてた?」


 アッシュ様の鋭い目が、私を射抜きます。

 私は、もう隠すこともないと思い、かいつまんで事情を話しました。

 魔力がないこと。

 道具として扱われていたこと。

 婚約破棄され、逃げてきたこと。



 私の話を聞き終えたアッシュ様は、ふう、と長いため息をつきました。


「……そうか。そりゃ、災難だったな」


 彼は、同情するでもなく、馬鹿にするでもなく、ただ事実として、それを受け入れました。

 そして、私をじっと見つめると、こう言ったのです。



「……あんた、魔力がない、と言ったな」


「はい。私は、空っぽの器ですから」


「……フッ。空っぽ、か」


 アッシュ様は、なぜか、初めて笑いました。

 それは、自嘲のようでもあり、面白がるようでもある、不思議な笑みでした。



「なら、ちょっと、俺に付き合え。面白いものを見せてやる」




―・―・―




 アッシュ様に連れてこられたのは、工房の地下にある、巨大な研究室でした。

 部屋の中央には、私の背丈ほどもある、不気味なほど黒い魔力炉が鎮座していました。

 それは、ゴウゴウと音を立て、周囲の魔力を乱し、危険な兆候を示しているように見えました。



「……これは?」


「俺の、最高傑作にして、最大の失敗作だ。三年前、王都を揺るがした魔力暴走事故……知ってるか?」



 もちろん知っています。

 アッシュ様が開発した新型魔力炉が暴走し、王都の一部を吹き飛ばしかけた、あの大事故。

 それが原因で、彼は姿を消したと……。


「コイツは、俺の手に余った。強すぎる魔力を安定させられない。……まさに、あんたを捨てた皇太子サマと同じ悩み、ってわけだ」



 アッシュ様は、皮肉げに笑います。


「だが、あんた、魔力嵐の中心で無事だった。……なあ、リゼット。ちょっと、そいつに触れてみてくれないか?」


「……え?」



 何を、言っているのでしょう。

 魔力のない私が、この暴走寸前の魔力炉に触れる?

 死んでしまいますわ。



「大丈夫だ。たぶん」



 アッシュ様の目は、真剣でした。

 私は、ゴクリと唾を飲み込み……覚悟を決めました。

 どうせ、王都には戻れない身。

 この人の、天才の目が見込んだというのなら、それに賭けてみよう、と。



 私は、おそるおそる、黒い魔力炉の表面に、手を……触れました。



 ――その、瞬間。



 ゴウゴウと唸りを上げていた魔力炉が、ピタリ、と音を止めたのです。

 そして、私の体の中に、熱い何かが、流れ込んでくる。


 暴走していた魔力が、私の手を通じて、私の体内に「吸収」されていく。



「あ……あ……!」



 魔力がない、空っぽだと思っていた私の「器」が、凄まじい熱量で、満たされていく。

 苦しくない。

 むしろ、心地いい。

 ずっと渇いていた何かが、満たされていくような……。


 やがて、あれほど荒れ狂っていた魔力炉は、まるで赤子のように、静かに安定した鼓動を刻むようになっていました。



「……は、はは……。ははははは!」



 アッシュ様が、突然、大声で笑い出しました。

 私は、自分の手に満ちる、膨大な魔力を感じながら、呆然と彼を見ます。


「……やっぱりだ! あんたは「空っぽ」なんかじゃない!あんたの魔力は「無」じゃない、「吸収」だ! それも、どんな魔力でも受け入れ、貯めることもでき安定させる……最高だ!」


 アッシュ様は、興奮した様子で私の両肩を掴みました。

 青色の瞳が、少年のように輝いています。


「なあ、リゼット!あんたを捨てた皇太子も、王都の連中も、みんな馬鹿だ! あんたは「道具」なんかじゃない、「才能」の塊だ!」


 才能……。

 私が?

 生まれて初めて、他人から、そんな言葉をかけられました。



「リゼット! 俺の工房で働いてくれないか?」


「……え?」


「いや、働く、じゃない。俺の「パートナー」になってくれ!あんたの「吸収」と、俺の「技術」があれば、世界を変える魔道具が作れる!あの皇太子サマが、地団駄踏んで悔しがるような、とんでもないモンを!」



 パートナー。

 私が、この天才魔道具師の?



 私は、涙が溢れてくるのを止められませんでした。

 家族にも婚約者からも疎まれていた「空っぽ」の私を、初めて「価値がある」と言ってくれた人。



「……はいっ! 私で、よろしければ……!」



 これが、私、リゼット・フォン・ヴァイスの、第二の人生の幕開けでした。



―・―・―



 それからの日々は、驚きと喜びに満ちていました。


 アッシュ様は、私に、魔道具の基礎から、ご自身の技術まで、惜しむことなく教えてくださいました。

 そして、私の「吸収」の力は、魔道具開発において、まさに革命的だったのです。


 危険な魔力の実験も、私が側にいれば、暴走する前に魔力を「吸収」して安定化できる。

 試作品の魔道具に、私が一度魔力を「貯蔵」し、安定した魔力だけを供給するように「変換」して再放出する。


 私の力は、クリストフ殿下の魔力を安定させるためだけのものではなかったのです。

 私は、魔力の量を「調整」するような役割を持っていました。



 私たちは、まず「魔力貯蔵式の携帯懐炉」を開発しました。

 私が魔力を込めて安定化させた、安全で、火力の強い懐炉は、瞬く間に谷の村人たちの生活を変えました。



 次に「自動温度調整毛布」。

 アッシュ様の技術と、私が込めた「人を温める」魔力。

 工房は、かつての活気を取り戻し、噂を聞きつけた商人たちが、谷を訪れるようになりました。



 そして、アッシュ様と私の関係も、徐々に変わっていきました。

 彼は、無愛想で、口は悪いけれど、いつも私を「リゼット」と一人の人間として扱ってくれた。


 私が、過去のトラウマで、自分の力を使うことを躊躇えば、彼は「それはもう、お前を縛る鎖じゃない。リゼット、お前の「力」だ」と励ましてくれました。


 私は、いつしか、この青い目をした天才魔道具師に、惹かれていました。



―・―・―



 私たちが「忘れられた谷」で新たな生活を始めてから、一年が経った頃。



 私たちが共同開発した「魔力凝縮機」……私の力を応用した、魔力を安全に貯蔵・供給する技術が、王都にまで知れ渡ることとなりました。



 そして、その技術の噂を聞きつけた、最も会いたくない人物が、この谷にやってきたのです。


「……リゼット。どこに消えたかと思えば、こんな埃まみれの工房で、何をしている」


 工房の扉を乱暴に開けて入ってきたのは、護衛を引き連れた、元婚約者、クリストフ殿下でした。

 一年ぶりに見る彼は、以前の自信に満ちた姿とは程遠く、どこか焦りと苛立ちを滲ませていました。


「……何の御用でしょうか、殿下。ここは、しがない魔道具師の工房ですが」


 アッシュ様が、私を庇うように、一歩前に出ます。


「黙れ、平民。俺は、リゼットに話がある。……リゼット、貴様が開発したという「魔力凝縮機」の技術、王家にすべて差し出せ」


 やはり、それが目的でしたか。

 私は、アッシュ様の背後から、静かに殿下を見据えました。


「……お断りいたします。この技術は、私と、アッシュ様のものです」


 私が、はっきりとそう言うと、クリストフ殿下は、信じられないというように目を見開きました。


「……貴様、俺に逆らう気か?「空っぽ」のくせに、魔道具師崩れに誑かされたか!」


 その言葉に、アッシュ様の肩がピクリと動きます。



「……おい、皇太子サマ」



 アッシュ様の声は、地を這うように低く、冷たい怒りを含んでいました。


「……リゼットは、「空っぽ」なんかじゃねえ。彼女は、俺の、最高のパートナーだ。彼女のことを『道具』としてしか見ていなかった、あんたが偉そうなこといってんじゃねぇ」



「……なんだと?」



 クリストフ殿下の顔が、怒りで赤く染まります。


「……それと、あんた、最近、魔力の調子が悪いんじゃないか?」



 アッシュ様の、不意の一言。

 殿下の顔が、一瞬、こわばりました。


「……リゼットという「安定装置」を失って、せっかく制御できるようになったと思った魔力が、また荒れ始めてる。……違うか?」



「……っ、だ、黙れ!」



 図星だったのでしょう。

 クリストフ殿下が、カッとなって、魔力を解放しました。

 金色の魔力が、嵐のように、私たちを襲います。

 これこそ、かつて私が「道具」として、日々受け止めていた、荒々しい魔力。


「平民風情が!リゼット!お前もだ!今すぐ俺の元に戻れ!それが、お前の唯一の価値だ!」


 魔力の嵐が、工房の機材をなぎ倒していく。

 だけど私は、もうあの頃の私ではありません。


 私は、アッシュ様の前に進み出ました。

 そして、両手を広げ、殿下の魔力を正面から受け止めました。


 私の体に、殿下の魔力が、激流となって「吸収」されていきます。


「な……!?」


 殿下の魔力は、私の前ですべて無力化されていきます。


「……クリストフ殿下」


 私は、殿下の魔力を吸収し、それを私の魔力として「変換」したあと、その膨大なエネルギーを右手に集中させました。


「私は、もう、あなたの道具ではございません」


 私は、その魔力を工房の床に叩きつけました。

 ドンッ!という衝撃と共に、床に魔力の光が走ります。


 それは、周りを壊してしまうような暴力的な破壊ではありません。

 私が放ったのは、工房の機械たちを一斉に稼働させる、「安定した」魔力。


 工房中の機械が、私の魔力を受けてカタカタと小気味よい音を立てて動き始めます。

 それは、私とアッシュ様が一年間かけて作り上げてきた、私たちの「城」。


「……な……なんだ、これは……」


 クリストフ殿下は、ご自分の魔力を完全に吸い取られ、さらに、私がその魔力を扱ってみせた光景に、腰を抜かしていました。


 魔力を失う、という恐怖。

 それを、彼は初めて味わったのです。


「……わかったか、皇太子サマ」


 アッシュ様が、私の肩を抱き寄せ、冷たく言い放ちます。


「リゼットの力は、あんたの魔力を安定させるためだけにあるんじゃねえ。……俺たちの未来を、創るためにあるんだ。あんたの居場所は、ここにはない。さっさと失せろ」


 クリストフ殿下は、護衛に抱えられ、這うようにして工房から逃げ帰っていきました。




―・―・―




 その後、魔力の不安定さが悪化したクリストフ殿下は、公務にも支障をきたすようになり、皇太子の座を弟君に譲ることになったとか。

 そして、彼が新たな婚約者にと望んだミリアム嬢も、彼の不安定な魔力に巻き込まれるのを恐れ、早々に別の貴族のもとへ嫁いでいったそうです。



 私たちは、といえば。

 王家の干渉を逃れるため、工房ごと、国境の先にある自由都市へと移転しました。


「……リゼット、疲れたろ」


 新しい工房の窓辺で、アッシュ様が私の手に温かいココアの入ったマグカップを握らせてくれます。

 私は、こくりと頷き、彼の肩にそっと寄り添いました。


「……いいえ。アッシュ様こそ」


「……俺はお前が一緒なら頑張れる。…これからも俺のことを支えてくれないか?」


「ええ、もちろんです。私は貴方様と共にこれからも歩んでいきたい」


「これからもよろしく頼む、リゼット」


 アッシュ様の顔が近づいた方と思うと、ふと唇に優しい感触がありました。お互いに顔が真っ赤になったのは2人だけの秘密です。




 私の「吸収」の力は、もう、誰かに使われるためのものではありません。

 この人の、アッシュ様と私自身のために使うもの。

 二人で、新しい魔道具を生み出し、人々の生活を灯すため。




 私は、もう「空っぽの器」なんかじゃない。




 私の器は、この最愛のパートナーと共に歩む、希望に満ちた未来で、いっぱいですから。








ここまでお読みいただきありがとうございました!


今回の話は、以前、作っていたプロットを元に改めて作ったものです!

『どんな特殊な個性を持っていたとしても、輝ける場所は必ずある』というテーマをもとに書いてみました!


よろしければ評価してくださると励みになります!

よろしくお願いします。

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