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あ、これは無理かも

作者: こうが

例えば、人が相手に好意を持つのに理由はなくて、

嫌いになる時に自分と周囲を納得させる為に理由をつけるだけだとして。

好きでも嫌いでもないけれど、私は断言できる。


「あ、これは無理だわ。無理でしかないわ」


その声は思いの外大きくホールに響き渡った。

その瞬間ざわめきがぴたりと止み、騒がしかった集団は声の主--つまりは私を探していた。


この国の子爵男爵に多い栗色の髪に、流行している中で最も無難なリボンをつけ、

平均的な身長とセミオーダーのドレスを纏っている私が見つかる訳がない。

対して、私を探す集団は高位貴族らしい煌びやかなドレスとジュストコールが目に眩しく個性を主張している。

寧ろ個性しかない。


その中の1人、高位貴族の三男が私の婚約者候補と教えられたのが本日の朝。

コルセットをぎっちぎちに絞められて、遠い意識の中で言われたので夢だったのかと思った。

侍女があの方です、と耳打ちしてくれなければ流されるまま婚約までいってしまったのかもしれない。


「シルヴィア様、如何されました?」


にっこり笑っている侍女のマリー。だけど目の奥が笑っていない。

はっきり聞こえてたわよね、きっと。


「何でもないわ、コルセットが苦しくて。

バルコニーで風に当たりたいのだけどいいかしら?」


「勿論でございます。参りましょう」


こっそりバルコニーに出て大きく息を吸った。

コルセットのせいで満足いくような深呼吸じゃないのが悲しいわ。


「それで、無理、とは何がですか?」


バルコニーのガラス扉が閉まっていることを確認してマリーが聞いてくる。


「いや、だってさ、あの集団の中の三男って宰相様のとこよね?」


「婚約者候補、という観点ではさようでございますね」


細身でインテリジェンスな雰囲気の青年を思い出す。


「いやー、ないわ。無理だわ」


「…何となく予想はできますが、一応なぜでしょう、とお伺いしてもよろしいでしょうか」


我が子爵家は子供が私しかいないため必然的に婿取りになる。

田舎の酪農が主な産業で、のんびりした人柄が多い。

王都に初めてきた時は皆遅刻しそうで急いでいるのかと思っていた。

今ならわかる。彼等は忙しいのだ。

刻一刻と変わる流行、情勢、昨日の政敵が今日は協力者、という陰謀渦巻くような世界は私には無理だ。


幼い頃から領民と牛を追いかけ、木の実を取り、川で魚を釣り、キャンプファイヤーをしてうっかり畑を燃やし、村中の大人に叱られるという生活をしてきた。


嗜みとしてマナー教育は受けたがやはり小さな口で啄むように食べるフィナンシェよりも、

大口をあけて頬張る木苺のパイがいい。

白いふっかふかのパンも美味しいが、うっかり燃やしたことで本気を出した畑でとれた大麦を使ったパン・ド・カンパーニュの香ばしさの方が好きだ。

大人達も大麦の本気の恩恵を受けたはずなのに、火が危ないから怒ったんだ、と言われてまた叱られた。

悔しくてコンフィチュール用に収穫されていた木苺を食べ尽くして更に叱られた。

こんな私の横にあの人って…。


「家柄は寧ろこちらが申し訳なくなるくらいご立派だわ。三男とは言え、確かとても優秀な方だと聞いているし将来有望だとも思う。

でも…」


私は同等くらいの爵位の三男四男を婿に取って、一緒に牛の乳からふんわりしたバターを作るという目標があるのだ。

それが、あの細腕では撹拌作業で協力ができないではないか。いや、撹拌作業の前に…。


「でも?」


「あの細腕だと牛の乳も搾れないじゃない!」


「……ゴードン子爵令嬢、貴女は僕に何をさせようとしているのですか……」


叫んだ瞬間ガラス扉が開き、バルコニーに現れたのは婚約者候補の三男様だった。

単体なのに煌びやかだわ…。


「お初お目にかかります、ゴードン子爵が娘、シルヴィア・ゴードンでございます」


啞然とした顔の婚約者候補ににっこり笑いかける。


「……ご無沙汰しております、ゴードン子爵令嬢。

イライアス・ウェーバーです。お聞き及びと存じますが、婚約者候補です」


少しの沈黙の後、そう自己紹介された。


「あの、どなたかとお間違えではないですか?

ウェーバー様とはお会いした覚えが…」


「どうぞ、イライアスとお呼びください。僕もシルヴィア嬢とお呼びします」


…少しばかり強引だけどまぁ仕方がない。高位貴族なんて傲慢なものだ。


「お好きなように…。けれどイライアス様ならばお会いしたら忘れないと思うのですが…」


首を傾げて昔の記憶を引っ張り出すがどうしても目の前の細身の青年を思い出せない。

けれど暫くじっと目を見つめていると、木苺のように赤い瞳が優しく細められた。

その眼差しに、1人の少年を思い出した。


「……エリー?」


そう呼ぶとそれはそれは嬉しそうに彼は笑った。


「覚えててくれたんだ、そうだよ、シア。久しぶり」


「すっかり変わってしまってわからなかったわ!」


青白い顔で、病弱だった少年。

薬の副作用で顔だけまん丸で、療養にきていた彼は最初こそ引っ込み思案で私を避けていた。

でもいつからか、顔色はよくなり、走っても息切れすることなく、瞳はいつも優しく細められていた。

顔はお別れの時までまん丸だったけど、最後にブルーベリーの穴場を教えてあげて、2人で食べ尽くして、笑い泣きでお別れしたっけ。

いつかまた会おうね、とエリーが言ってくれたことが嬉しかった。

もしかしたら初恋だったのかもしれない。


「シアは変わらないね。昔から、弾けるように笑う声が好きだったんだ」


まん丸の顔はシャープになって、秀麗と評するに相応しい顔になっている。

家柄もいい、顔もいい、将来有望なのにあんな田舎に連れて行ってしまっていいのかしら…。

そもそもバター作れるかしら…。


「シアと一緒に領地を発展させたくて、一杯勉強したから大丈夫だよ。

シアが作りたいって言ってたバターを、効率的に作る方法考えたから僕でもできるよ」


「あら」


悩みを見透かすように先回りで言われてちょっと心が揺れてしまった。

だってエリーは私の初恋で、貴族令嬢としては落第の私をお姫様みたいにエスコートしてくれた子で。


「だからね、無理なんて言わないで、僕を選んで欲しいな」


「……そうね、領地に住めば、きっとエリーもたくさん食べて筋肉がつくと思うわ。

これからですものね」


「そうそう、最初から無理って言わないでよ」


「やっぱり私、エリーの木苺みたいな瞳が大好きよ。

いつも優しいんだもの」


「僕も、シアのブルーベリーみたいな瞳が大好きだよ」


よかった、成長したエリーに『こいつ無理』なんて思われなくて。


「エリーが婚約者なんて、幸せすぎて息するの無理かもしれないわ」


「君がいない世界なんて無理だからさ、一緒に幸せになろうね」


まずは牛の乳搾りから覚えるよ、とエリーは笑った。


終幕

ご覧いただきありがとうございます。


シルヴィア:栗色の髪と濃紺の瞳。健康的な生活が好き。収穫後の畑は燃やすもの。川の魚は釣って食べるもの。木になっているものは取り合えず食べるもの。お腹は丈夫。色は地味だけど顔立ちは可愛らしいと有名。

イライアス:黒い髪と赤い瞳。ファンタジーなので。療養に行ったら野生化した。シルヴィアのためにお役立ち酪農グッズをめっちゃ考えて領地の発展させるために頑張れる。

シルヴィアを狙うライバルは蹴落とすもの。


ありきたりだけど平和なお話が書きたかったのです。

コンフィチュールよりもそのままの果物がお好きなシルヴィアちゃんです。

「フランボワーズのコンフィチュールって何」と姉に聞かれて「木苺の佃煮」と答えたのは私です。

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― 新着の感想 ―
きいちごのwwwつくだwにwwwwwww 薬でむくんだ顔でも気にせず接してくれた女の子に心奪われて育ったなら、シュッとした途端擦り寄ってくる女狐の卵達なんて目にも入らなかったでしょうねぇ。 というか…
こういう一場面を切り取ったSSには、逆に起承転結は野暮と言うもの。起承転結言えばいいというスタンス自体アレ。 子供の頃の思い出を挟むことで状況説明がされて、綺麗に纏まっていると思います。
細腕の貴公子がどう纏まるのかなと思ったら、幼馴染の上に全開で愛されてるじゃん。よき。 >コンフィチュール 佃煮ってw「ジャムみたいな物」でいいと思うがw
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