幕間~フェルディナントのとある1日。
フェル視点のお話しです。
小話で、本編には関係ないお話しになっております。
初めての異世界の料理。それはハンバーグというものだった。
この世界の料理はシンプルで、リーンが作ったように手をかけて料理をする人間は見た事がない。
何処かの国では少しずつ料理の幅を広げてはいるらしいが、この国ではまだそこまで手をつけられてはいないのだ。
この国の風習、というものが、関係しているのだけれど。
そんな中、手の込んだ料理は美味しいというのを、初めて知った。
焼いて塩胡椒で食べるのも勿論好きだが、リーンの料理に慣れると辛いかもしれない、なんて事も考えたりする。
ハンバーグを作った後も、異世界の料理を振舞ってくれた。レシピという料理本も作成して、誰でも作れるようにしてくれているらしい。が、やっぱりリーンの作った料理の印象が強すぎて、他の誰かが作ったものは劣る気がするのだ。
だからリーンの料理に慣れると、美味いけど、辛い。
既にガッチリと俺の胃袋を掴んで離さないリーンの料理だったが、その中でも更に俺の心を捉えて離さないもの――マヨネーズ。
これも作り方は至ってシンプル。
でも、初めての味。
これは陛下に報告するべきか・・・?
いや、リーン関係の報告書は、ヒースが作ってるから俺は別に・・・作成する必要はないのだ。
だけど、態々ヒースがそんな事を自ら買って出るのは珍しい。
やれば出来るのだが、基本、ヒースは細々としたものが好きじゃない。
あんな細かい魔方陣を平気で作成する人間が、書類の細かいのは好きじゃない、なんていうのだから意味がわからないが。
そんなヒースが、態々書類作成を自分の意思で行っているのだ。
気に入ったんだろうなぁ。リーンの事を。
年上だけど、俺も弟が出来たみたいで嬉しいんだけどな。
お互い嘘はつくし。
隠し事はするし。
本音は中々言わないし。
今は腹の探りあい状態なので、ほぼ、言わないが。
それでも、話してて、面白い。
そういうタイプは、ヒースで慣れてるから気にならないし。
そういや、ヒースはあれを、なんて報告したんだろうな。
市でリーンを一人にし、姿を消した件。
リーンは言わなかったが、アレは、連れ去られた。
それぐらいは言われなくてもわかる。
あの時、リーンがいなくなったっていうのは、さほど問題じゃない。
ヒースのマントを身につけていたし、それだけで身の安全は保障されたはずだった。のに、それを打ち破る濃い闇の気配。
リーンを包み込むように、その存在を主張していた。
けれど、それにリーンは気付かなかった。
本当は気付けるはずなのに、自分に害がないから気付かないのかどうなのか。
寧ろリーンは魔法の勉強をした方がいいんだろうな。本当に。
そうすれば、今の状態を自分で制御出来るはず、なんだけど、本人が気にしていないものをどうやって制御するのかどうか。
魔法に疎い俺にはわからん。
多分ヒースがなんとかするだろ。
トントン。
と、思考を中断するノックの音。
リーンの気配に、珍しいなと思う。
大体、俺が書斎に篭ってる時は仕事だ。書類整理なんかをやったりしてる。
それを知ってるからリーンはお茶以外では近づかないけれど・・・お茶の時間にはまだ早いな。
「フェル・・・今いい?」
控えめな声色。
「どうぞ」
どうしたんだろうと思いながら扉に向かって言うと、控えめに扉が開かれ、その隙間からリーンが顔を出す。
「どうした?」
声に出して聞いてみる。
「マヨネーズを配ろうかと思うんだけど、材料を使ってもいい?」
配るのか。
まぁ、好評だったし。
家族に食べさせたい、なんていう事を言ってから、それでだろうとは思うけど、態々確認なんかしなくてもいいのにな。
面倒くさがりやなのに、律儀に確認しにきたリーンに俺は笑みを返した。
「アレは美味かったしな。配りたいって頼まれたんだろ?
材料は気にせず使って配って、そのついでに俺にもサラダを作ってくれたら嬉しいな」
本当に美味かったから、身内に配りたいっていう気持ちは分かる。
今この屋敷にはいないが、俺も世話になった人たちだし、それに惜しむつもりもない。
どんどん配っていーぞ。と、笑って話した。
「ありがとう。サラダは今夜ね。
後、お礼ってわけじゃないけど、おやつを作ったから・・・一段落ついたら食べてみる?」
「今食べる」
即答した。
丁度区切りもついたし、書類作成所か別の事を色々考えていたし、ここで糖分を取るのは大歓迎だ。
「仕事は大丈夫?」
心配そうな眼差し。
「あぁ。殆ど終わってるよ。これからまとめだから、今の内に糖分補給って事で」
その方が効率もあがるだろうし。
音もなく俺の隣を歩くリーンと話しながら、その細い肩をじぃっと見ていた。
随分小さくて細い。
もう少し筋肉つけないとな。これじゃあ好きな女が出来た時困るだろ。
この時の俺は、リーンの真実には気付かず、本気でこんな事を考えていた。
本当に、弟が出来たみたいで嬉しかったのだ。
ちなみに、今日のおやつはホットケーキというやつらしい。
上にのっかったバターとメープルシロップという魅惑の甘味一式を口にしながら、俺は感動に打ち震えていた。
やっぱり全てが初めての味。
「俺・・リーンに餌付けされてるよなぁ」
なんて笑ったら、リーンも笑った。
リーンが女の子だったら、絶対嫁にしたいよなぁ、なんて冗談交じりに言葉を紡いだら、やっぱりリーンは笑ってた。
「フェルは胃袋に弱いんだね」
って言われたけど、否定は出来ないから黙っておく。
ホント美味いんだよ。
慣れちゃまずいけど、美味くてどうしようもないしなぁ・・・
と、ホットケーキを食べなかったヒースに愚痴ってたら杖が飛んできた。
相変わらず手の早いヤツだ。
あぁ。そういやヒースも弟みたいだよな。
リーンとヒースってタイプが似てるし。
そんな事を考えていたら、今度は樽が飛んできた。
・・・・・・そろそろ仕事に戻るか。
次は何が飛んでくるかわからないし。
遠くで蠢く巨大な何かを視界の隅におさめながら、俺は慣れた動作であっさりと戦線離脱を果たした。
まったく、手のかかる弟が多いよなぁ・・・。