はじめまして異世界・6
姿が見えなくなるまで歩こう。
そう思って歩いていた矢先、落とし穴に落ちたような浮遊感が凛の身体を包み込む。
落ちる、というよりは宙に漂う、といった感じだったが。
どれぐらい落ちたのか。
凛が歩いていた地面だったものは既に確認出来ない程遥か遠くの高い場所。
アーフィイから離れる、という目的はあっさりと達成は出来たが、まだ底は見えず、未だに漂い続けている。
瞬間、マントに熱が篭ったような気がした。
「・・・ヒース??」
凛の身体を包み込むヒースのマントが、熱を帯びたまま凛の身体を優しく包み込む。
これで居場所がわかる、というのは実は怖い事だと思うのだが、今は助けの目印になるという事で、取り合えずそれには目を瞑っておく。
トンッと、地面らしき底に足が着く。
そして、目前には暗闇に浮かぶ白。
人の手が、真っ暗の中に浮かんでいた。
「(・・・手だけって、ちょっと不気味だよね)」
その手がマントを引っ張っていなかったら、ヒースだとは思わなかっただろう。
日本だったら間違いなく逃げるんだろうなと、そんな事を考えながら凛はその手を取った。
瞬間、強く握り返される。
凛よりも硬く、骨ばった手。凛の手も余計な脂肪が付いているわけではないが、握るとやっぱり違うと実感する。
「「リーン」」
余りの眩しさに目を開けていられず、固く閉ざしていると、気遣うような声が耳に届いた。フェルディナントとヒースの声。
この世界で、始めに会った人物たち。
やはり、お互いがまだ探り合うような関係だが、2人に頼らなくてはたどり着いてしまったこの世界で生きていける気がしない。
「(まだ・・・ね)」
知識も常識も圧倒的に足りない今だからこそ、慎重に。
「すごいね。これって魔法?」
「あぁ。けど、どうしてこんな穴に落ちたんだ??」
フェルディナントの疑問の声に、
「穴??」
素直に首を傾げた。
穴に落ちた感覚はないのだ。
「時空の歪みだよ・・・誰かに、会わなかった?」
別の存在を感じ取っているヒースに、凛は首を横に振ると、
「真っ暗で、よくわからなかったよ」
平然と、嘘をついた。
「「・・・・・・」」
アーフィイの事は言いたくない、という自己判断。
穴と呼ばれる時空の歪みに、どれ程居たかはわからない。が、その事を話すとまだ知らなくていい情報の片鱗が凛の耳に入るか、中途半端に誤魔化されそうで正直遠慮したい。
どちらに転んでも、まだ早いという判断。
本音でいえば、まだ、面倒な情報。
それは、凛の本音。
この世界に来てからたった一日なのだ。
知りたいとは思っていても、一気に詰め込みたいとは思わない。
凛の笑顔と、フェルディナントとヒースの無言。
お互いの、距離。
縮められる程、親しい間柄ではない。
「まー。合流出来て良かったよ。果実はヒースが買ったし・・・帰ってリーンの飯でも食べるか」
始めに肩の力を抜いたフェルディナントが、その場の空気を吹き飛ばすように、何事もなかったかのように話し始めた。
気まずい雰囲気はこれで終わり。
フェルディナントの眼の奥に宿る光が、そう語っている。
この中で一番年少である存在に話題を変えられ、ヒースと凛は互いに顔を見合わせ肩を竦めた。
どうも、フェルディナントには世話になりっ放しだ。
その恩返し、というわけではないのだが、その日の夕食はハンバーグ(・・・らしきもの)。
聞いたり見たりして判明したのだが、この世界の料理は基本、シンプルなのだ。
調味料は塩と胡椒が主流。
後は、ハーブが少し。
食材は切って焼くが主な食べ方。
「王様とか、そういう人たちは何を食べてるの?」
ハンバーグをこねながら聞いてみると、
「希少価値のある肉とか魚とか調味料とか。後野菜だな」
フェルディナントからシンプルな返答をもらう。
「この世界の事を知っていけばわかると思うんだけど、この世界で人がこうして生活するようになったのは、ここ300年程の話しなんだよ。まだ発展途上っていう所かな」
今だったら儲かるよ、というヒースの何かを含んだ笑みに、そうだね――と軽く返事を返しておく。
300年でこれだけ文明が栄えたのは早いのか遅いのか。
「(今度はソース作りに挑戦しよう。作り方は・・うん。なんとなく)」
あやふやなものがあるが、中濃ソースやウスターソース。その他色々の調味料は必須だろう。
本当に商売が始められそうだなと、マヨネーズに感激するフェルディナントを横目で見ながら、そんな事を思った。
初めての料理はハンバーグらしきもの。
概ね好評。
けれど、一番はマヨネーズだった・・・
相変わらず糖度は少なめ、というよりまったくない状態です。
サブタイトルのはじめまして異世界はこれで終了です。
次回からはサブタイトル変更と時間がもう少し進むかと思います。




