はじめまして異世界・5
顔を真っ赤にして叫ぶ黄緑の色を持つ男に、凛はハッキリと分かりやすく溜息を落としてみせた。
「そうだね。生物学上はね。それが、何か関係があった?」
小さい頃から性別の括りは正直、好きではなかった。
凛自身がこうだったからなのか、女の子からやっかまれる事はなかったのだが、逆に男からやっかまれたのだ。
その時の定番の台詞は「女のくせに」。
自分に向けられる性別の関係する言葉に嫌悪感を抱き始めたのは、そういった事の積み重ねなのかもしれない。
「でも、膝だけでよく分かったね。鍛えてたのに・・脂肪がついたかな」
この世界に来てからたった1日、という認識は凛だけのものであって、ひょっとしたら時空に数日、数週間という単位でさ迷っていたのかと不安になる。
「あぁ・・そっか。触りなれてるのかな」
流石は異世界。
最近定番になった言葉を音には出さずに呟きながら納得した凛に、男はものすごい勢いで首を横へと振り始めた。
「慣れてない!! ただ・・・わかるだろ!? 男よか柔らかいし!!」
死ぬべきだ、なんて言っていた男は何処にいったのか。
うろたえ過ぎて疲れだした男に、凛は追い討ちをかけておく。
「そっち系?」
「!!! 違う!!!」
「どっちでもいいよ。オレには関係ないし」
最後の言葉は、からかうというよりも面倒から出た言葉。
追い討ちを掛けた割りに、面倒くさがりな心はやはり健在で、凛はあっさりと匙を投げる。
「キミドリさん。そろそろ帰りたいんだけど?」
この時点で凛には無害な男と認定された通称キミドリ。
「キミドリって・・・俺はアーフィイだ」
何かを諦めたのか、アーフィイと名乗った男は肩をおとし、疲れきった表情で名乗る。
敵だと言い切ったアーフィイは、凛の膝枕と性別ですっかりと敵意と削がれたらしい。
無害、という評価を覆す事なく落ちていた剣を鞘へと納め背負う。
今だけかもしれないが。
「そう。オレはリーン」
アーフィイの名を聞いたので、凛も一応名乗っておく。
本名ではないが、この世界では凛の名前は発音し難いみたいなので、これで問題ないだろう。
「リーンか。変な奴だな」
脅した相手を前に、逃げる所か膝を貸す。
そんなアーフィイの評価を、凛はあっさりと否定した。
「逃げなかったんじゃなくて、逃げられなかったんだよ。
この国に来たばっかりで、魔法とか知らないし。こんな場所に連れてこられても帰れないんだよね」
暗闇が支配する異質な空間。
不思議と怖いという感覚はないものの、凛には出口がわからない。
「魔法を知らない?」
「うん。知らないけど」
魔法を知らないといった時のアーフィイの驚愕には気付かなかった。
この世界に居ながら魔法を知らないというのがどういう意味を持つのか。
魔法を扱える存在は小数であっても、魔法を知らない存在はいないという事。
生まれながらに魔法の恩恵を受けているこの世界。
空気と同じぐらい当たり前の存在。
それを、凛は知らない。
「・・・・・・」
何かを思案するようにアーフィイは口を噤むと、散漫な仕草で凛のフードを指差し、
「それ、アイツ等のだろ? アイツ等なら、それで辿ってこれる」
顔を歪め、言葉を吐き出す。
心底忌々しげに。
「・・・アーフィイ。そういえばさ、オレも敵なんだよね」
徐に、凛が言葉を紡いだ。
「・・・・・・」
何が言いたんだ?と視線を向けてくるアーフィイに、笑みを返す。
「面倒だから、もう逢いたくないって事だよ」
ヒースとフェルディナントに向けられる敵意。
それについては良い気分はしないが、事情を知らないので凛自身はなんとも言えないのが本音。
かといって、まだあの2人から離れる気はしない。
そしてアーフィイに対しても、敵意を向けたいとは思わないのだ。
つまり・・・。
逢わないのが一番。
「面倒だし、疲れるからね」
ヒースのマントを握り締め、アーフィイから離れる為に歩き出す。
マントで居所がわかるなら、ある意味誘拐犯のアーフィイの近くにいるべきではないし、鉢合わせる事は避けたい。
凛の考えを知ってか知らずか、アーフィイは凛を止めなかった。
そして、凛も止まらなかった。
姿が見えなくなるまで。
その存在を感じなくなるまで。
何処まで続くかはわからない闇を歩き続ける。