はじめまして異世界・4
衝撃がはしった。
体験した事のない痛みが、肩から全身へと突き抜ける。
あまりの痛みに息が詰まり、呼吸もままならない。
ヒュッと、嫌な音が口から漏れた。
「誰?」
目が霞み、視界がぼやける。
地面に倒れた凛の身体は悲鳴をあげ、指先一つ動かす事が出来ない。
だが、凛はそれらを全て覆い隠すように、ハッキリとした声で尋ねた。
誰?と。
フードを深く被った、凛をここへ連れ込んだであろう人物は上から見下ろしたまま、
「――――――に、大切にされているんだな」
まだ幼さの残る声で、忌々しげに吐き捨てる。
声からして男。
凛は聞き取れなかった言葉に疑問を感じながら、男を見上げる。相変わらず身体は痛みで悲鳴を上げているが、凛は精神でそれらを押さえつけ、身体を起こした。
だが、男の口から発せられた言葉はこの上なく物騒な言葉。
「命が惜しかったら、あの罪人たちから離れろ」
一方的に言葉が叩きつけられ、凛はこれでもかという程眉間に皺を寄せた。
凛自身、感情を表に出すタイプではない。
その凛がはっきりと、不快という表情を露にし、自分とさほど身長の変わらない男を見つめた。
「あいつ等は罪人だ。罪人は…あいつ等は…死が相応しい」
そうでなければならないと、男は言う。
俺たち2人を見て、それを言ったのはお前が初めてだよ。
その時、フェルディナントの言葉が凛の脳裏を過ぎる。
「・・・・・・」
無意識に、拳を握り締めていた。
出会ってたったの一日。
喉の怪我はフェルディナントがつけたもので、ヒールの言葉は性格が悪かった。だが、ここまで一方的に言葉を吐き捨てる事もしなかった。
凛が逃げれる、面倒だけど良いか、と思える距離を保ってくれたのだ。この世界に入り込んだ異分子を、陛下の命だけど保護という面倒な役割を果たそうとしてくれているのだ。
何かを感じる事を面倒だと思っていた心に、少し、熱が灯る。
「これが・・・原因か」
思わず、声に出していた。
時間が経てば経つほど、わかる事は増えていく。
この国の陛下に謁見を許されれば尚更だろう。
フェルディナントとヒースの2人に対しても、例外ではない。
ギリッと奥歯をかみ締めたい衝動に駆られるが、凛は地球でしていたようにそれらを全て奥へと押し込めると、
「俺は君の事情なんて知らないけどさ。
一方的に受けた暴力に対しては反抗心が疼くよね」
極めて軽く、笑みを浮かべた。
「そんな君の言う事を聞くぐらいなら、俺はあの2人を選ぶね。
一方的に叩き付けたら自分は痛くもないし、楽だろうけどさ・・・生憎、俺はそれを踏みにじるのが嫌いではないんだ」
その表情が形作るのは笑みだったが、その目の奥は決して笑ってはいなかった。底冷えするような冷たさを宿し、目の前の男に笑いかける。
事実を知った後は、それは当人同士の問題だろ。と、飽きれるのだが、それは後の話し。
「なっ! あいつ等は悪だ!! 悪に与するならお前も敵だ!!!」
驚愕に目を見開き、喚き散らす男に、凛はわかりやすく肩を竦めてみせた。
頭に血が上って我を忘れた男。剣を振りかざし、一直線に凛に向かって殺す気で向かってくる。
距離は一瞬。
凛には身を守るモノは何もない。
男の剣は間違いなく、凛を真っ二つに出来るはずだった。
「!?」
「ごめんね。こんな優男に見えるけどさ・・・護身術はそれなりなんだよね」
相手を侮り、我を忘れ、わかりやすく一直線に向かってきてくれる男への対処は、簡単だった。
振り下ろされるよりも一瞬早く、斜め前へと足を踏み出し男の真横へと身体を潜り込ませる。上から振り下ろされた剣はその勢いのまま地面に弾かれ、衝撃に男がうめき声をあげた。
剣を落とし、無防備な男の身体へと容赦なく一撃を放つ。
凛に力はない。
女性よりは遥かにあっても、やはり男性には劣るのだ。
それを補う為に、どんな状況でも急所をつけるように訓練した。
一撃で相手沈められるように。
「ッッッ!!!」
声にならない声をあげ、男は意識を手放した。
意識を失った身体は重力に逆らう事なく下へと向かうが、それを受け止めゆっくりと地面に横たわらせる。
フードから覗く男の顔は、やはり幼いものだった。
「さて・・・と」
年下を遠慮なくぶちのめした、という事実に罪悪感がないわけではない。
だが、それよりも何よりも状況確認が必要だと辺りを見回すが、明らかに街中ではない異空間。
「・・・・・・・」
男が目覚める以外、どうしようもないらしい。それだけは解かる。
固い地面の上に寝転がらせておくのもどうかと思い、凛は腰を下ろした自分の膝へと男の頭をのせた。
口ではあんなふうに言ったが、実際凛の怒りは持続しない。
怒る事に慣れていないのだ。
「中学生ぐらいかな」
暇つぶしに男の頭を撫でてみた。
「黄緑の髪。流石は異世界。染めたのより綺麗だね」
自然な、染めていない手触り。
相変わらず左肩は痛みを訴えてはいるが、奥に押し込め表には出さずに隠しておく。
「目は何色なのかなぁ」
凛を襲った相手だが、何故かすっかりと警戒する心がそぎ落とされ、凛は可愛がるように頭を撫で続けた。
どれぐらい経ったのだろうか。
膝の上で、小さく身じろぐ男。
「・・・・・・・・・ん?」
男が薄く開けた目を上へと向けると、凛の顔。
その状況の意味がわからず、男は唖然と呟いた。
「な・・・んで?」
立ち上がろうと左手で押さえたものは凛の膝。何を思ったのか勢いよく掴んだ手を後ろへと引っ込め、瞬間バランスを崩し、頭が凛の膝からずり落ちた。
ゴンッッ。と痛そうな音が辺りに響き渡る。
「お・・・お・・・・女ッッ!!!」
そんな痛みは気にならないのか、顔を真っ赤に染め上げ、驚きに見開かれた瞳を凛へと向けたまま男は叫んだのだった。