第一章閑話 コーヒーは好き
「美味しい」
一口飲んだだけで分かる、このコーヒーの味は別格だった。
地球にいた頃から豆を挽き、コーヒーを煎れていたのだが、ここのとは雲泥の差がある。それ程に味が違っていた。
「何杯でも飲めるね……よし、制覇する!」
喫茶店で色々な種類があるけど、制覇したくなるような美味しさ。
ただちょっとだけ不思議なのが、地球と同じコーヒーがあるっていう事。
どうしてコーヒーという名前なのかを聞いたら、数十年前のこの店のオーナーがお客にコーヒーを出し、それが定着したらしい。
地球と同じ味だが、多分この世界に迷い込んだ地球人がいたんだろうと思う。並々ならぬ努力の結晶が、このコーヒーに繋がっているのだろう。
「ふぅ。相変わらず美味しいよね。リーンが気に入ってくれて良かったよ」
「うん。美味しい。オレも常連になりそう」
うっとりとしながら飲んでいたら、店主が皿をカウンターに置く。
「ん?」
どうしたんだろうと思えば、皿の上にはシナモンロールが2つ。
「うわ。シナモンの良い香り」
コーヒーに合うんだよね。といえば、ヒースが不思議そうにシナモンロールを覗き込むように見ていた。
「お兄さん詳しいですね」
2代目店主である男は、前店主から色々聞いて育ったらしい。まさか答え合わせをしてくれる客が来るとは思っておらず、諦めかけていた父のノートの解読に、俄然やる気が出てくる。
「コーヒーは好きだからね。まさかこの味に出会えるとは思ってなかったし」
それは店主も同じ気持ちだった。
本音としては、今すぐ手伝ってほしいぐらいだが、流石に初対面の凛に手伝ってほしいとは言えなかった。
「コーヒーやデザートに使える食品を見つけたら、持ってきますね」
まるで心を読まれたかのような言葉に、思わず肩が揺れた。が、ヒースが笑いながら料理が趣味で、新しいものには元々興味があるんだと店主に教える。
そして、見つけたものを独占するような性格ではないらしい。
良い人を連れてきてくれたと、店主である男は喜んだ。ヒースは元々この店の常連で、人となりを良く知っている。
それに、元々男が店主の煎れるコーヒーに惚れこみ、押しかけ弟子にしてもらったのは、今から10年前。先代が残してくれた便箋もあるが、男には読めない文字で書かれていた。
教えてもらい、楽しい日々だったが、高齢だった為に全てを教える前に亡くなってしまった。今となっては、師匠が直接教えてくれたものしか店で出せない。
「その師匠さんの便箋をリーンに見せてみたら、読めるかもよ」
「え……?」
ヒースの言葉に、店主の目が期待に輝く。
「本当ですか?」
その眼差しは凛に向けられている。
「これをコーヒーと名づけた人の文字なら、読めるかもしれません」
「持ってきます!!」
凛の話に頷き、店主は奥へと駆けていく。余程嬉しかったのかもしれない。奥に行ったと思ったら、直ぐに戻ってきた。
「これです!!」
見慣れた日本のノート。
3冊に渡りびっしりと書かれた料理法。
地球とシイリノエイの材料の違い。それに伴う味の違い。相当調べまわっていた事は、このノートを見るだけで十分にわかる。
「読めますが、口頭で言ってもわすれますよね。
これを借りても良いですか? この国の言葉に書き写して持ってきます」
態々ここで翻訳をするのは、正直集中出来ない。
「お願いします!! 時間はいくらかかっても大丈夫です!!!」
凛にしか分からない文字というのもあるが、預けてくれた理由はヒースの友人だからだろう。
でなければ、初対面の凛にこんな大事なものを貸してくれるわけがない。
「それじゃあお借りしますね」
道具袋から風呂敷を取り出し、ノートを大切にしまう。これに包んでおけば、ノートが傷つく事無く保存が出来る。
「7日後に1度持ってきます。どのぐらい進んでいるかはわかりませんが」
スケジュール帳──テノとの合作文房具──に書きこみ、店主と確認をとる。相当細かいので、一週間で終わるかは分からない。
だが、目安を作らないと、どんどんと先延ばしになりそうだ。
「ありがとうございます!! お願いします!!!」
店主に頭を下げられつつ、凛は頷く。
「頑張ります。オレも食べてみたいので」
「はいっ。こっちも頑張ります!!」
先代の料理が余程好きなのか、店主の瞳はまるで子供のように輝いていた。