第一章閑話 泣くとは思ってもみなかった
リーンが消えた。俺達の目の前から。テノがリーンを追いかけて行った事には納得しかしなかったが、まさか竜還りしているとは思ってもみなかった。
それは、白竜であったリーンの力による所が大きいんだろう。フェルはリーンが直ぐ傍に居すぎて、家族が増えたような感覚なんだろう。
結果的にはだが、俺はリーンと距離があったからなのか、フェルよりも冷静に、客観的にリーンを見ていられた。
元々違和感はあった。平凡な色彩。それと反するような稀有な魔力。異世界に来てしまった割には揺れない感情。諦めているように見えた瞳。
けれどその更に奥には、何かを待ち望んでいるようにも見えた。
リーンは何を欲しがっていたんだろう。
国に縛られた俺やフェルではなく、何事にも縛られていないあの2人と一緒に消えてしまった。
テノの場合、アレは仕方ない。俺達よりもリーンの傍に居て、加護をすっ飛ばして竜還りになる程近くにいた。
今の力関係を考えると、俺達よりも向こうの方が強いだろう。
白竜のリーン。黒竜の竜還りであるクロイツ。樹竜の竜還りであるアーフィイ。陽竜の竜還りであるテノ。
白竜のリーン。黒竜のクロイツがいる時点で、こちらに勝利はない。それだけ、白竜と黒竜は別格だ。
元々竜に関わっている者に、なるべくなら攻撃は仕掛けたくない。それにリーンは、20年前に姿を隠した白竜たちを連れて行った。
竜をあんな目に合わせる国なんて、今すぐ滅ぼしたい。あくまでそれが俺の本音だが、リーンが泣いて消えた件で、フェルの怒りが振り切れた。
リーンを弟のように可愛がっていたフェルは、リーンをここまで追い詰めた連中を許す気は全くないらしい。今殺るのは簡単だが、この2人に可能性がないわけではない。
リーンに言い捨てられた時、母に置いてかれた子供のような目をした。
白竜であるリーンに拒絶された事が、ダメージに繋がったのかもしれない。
「フェル。これ以上はやめておけ。この2人うぃ国外へ出すから、ソレで留飲を下げておけ」
「……」
納得していない表情。不満はわかるが、今すぐ戦争をしたいわけじゃない。
今戦争になれば、借り出されるのは恩恵持ちだ。
なるべくなら保護したいが、目の前の使者を見ると怪しくもなってくる。恩恵や加護が呪われた力だと教え込まれているなら、保護は難しいだろう。
「ターゲット指定。国外へ」
跳ね上がった力で、関係者全員──…と言っても2人だが、あっさりと国外へと放り出した。
フェルより表情に出していないだけで、俺も腸が煮えくり返ったような怒りを抱えている。
「……陛下。結界の強化は?」
「今すぐにだ。白竜を連れてきた理由はわからないが、恐らくゲージを破られるとは思ってもいなかったんだろうな」
「そうですね。リーンの存在を知らなかった。それが誤算だったんでしょうね」
白竜にしか開けられないものだったのだろう。多分だが。
リーンは純血の白竜。
タイミングが良かったのか、それとも悪かったのか。俺にはわからない。
でも……。
「(泣くとは思わなかったな……)」
感情の起伏が少ない。どちらかというと俺に似ていると思ってた。けれど、両親の姿を見た時、今まで揺れた事のない感情が振り切れたのかもしれない。
フェルよりは冷静だと自分では思っていたけど、俺も相当腹をたてていたらしい。
「陛下。俺も結界の強化に行ってきます。
今の俺なら、相当役にたてると思うので」
「わかった。外の方を頼む。俺とディネールも強化に加わる」
「はい。フェル。行くぞ」
「あぁ。外の連中何て、中に入れないようにしてくる」
フェルはもう、他国の人間を見たくないのかもしれない。リーンのあの様子じゃ、ここに戻ってくる事はない。そんな気がした。
けれどそれは、フェルの喪失感に繋がる。暫くは荒れるんだろうな。
「(リーン……出来れば、話して欲しかった)」
そう思うのは俺の我が侭なのかもしれない。
俺は、陛下の傍を離れない。それが分かっていたから、話さなかったのかもしれない。答えはわからないままだけど、それでも。という思いは消えてくれない。結局、冷静に見ていたふりをしていただけで、俺もフェルと同じだった。
最後に、俺とフェルを竜還りに変えていったのは無意識なのか。それとも置き土産なのか。
わからない。
リーン。
出来れば答えて欲しい。
そして、一緒に居て欲しい。
フェルとリーンと俺。
3人でいた時は、今まで感じた事のない安らぎを感じた。
それはきっと、気のせいじゃないから。