第一章閑話 もっと一緒にいられると思ってた
まだ一緒にいられると思ってた。
陛下から許可をもらい、俺の屋敷の滞在も決まり、リーン専用の部屋を作った。勿論、魔法用の部屋も。
リーンは俺よりもずっと魔力に優れている。リーンにしか扱えない呪文もあるとヒースが言っていた。
いっきに焼き払うのは得意だが、細かい作業は苦手で、未だに歪な結晶が出来上がる。何度か見たけど、リーンのは術に優れすぎていると思う。初めて会った時は、ただの侵入者だと思っていた。
それなのに、近くに居るのが当たり前になってた。弟みたいな存在。リーンの方が年上なのに、ほっておけなくて、世話する事が楽しくて、日々の生活に楽しみが出来た。
昔は城に出向いて書類整理をしていたのに、今では屋敷の中で書類を片付ける。
この国でも恩恵持ちと加護持ちは違う。陛下と殿下の竜還りは別格だが、その可能性がある俺とヒースも特別だった。
だからこそリーンを預かれた。ヒースの研究屋敷に比べれば、まだマシだろうという程度の認識だと思うが。
誰よりも近くに居た。
それが全て崩れ落ちる事に、最後の時まで気付けなかった。
ただ単に、白の魔力を持つ稀有な存在。としか思っていなかった。
白い。何処までいっても真っ白な竜の翼。
リーンは広間にいる誰かを見る事もなく、竜の翼で白竜たちを包み込む。
圧倒的過ぎる力。
竜還りでさえ持つ事が出来ない、圧倒的過ぎる力だった。
リーンは人間の稀有な存在じゃなく、存在そのものが絶対的なものだった。
だからこその例外。
陛下が中々リーンに会わなかった件。リーンの思うように行動させてた理由。考えないようにあえて目を瞑ってきた疑問が、ここで確信へと変わる。
フェルディナントにとって特別な存在になっていたリーンは、この世界にとっても特別だったのだ。
手をのばしたくても、全身で拒絶しているリーンに触れる事が出来ず、見ている事しか出来なかった。
助けてと叫び、涙をぽろぽろと流すリーン。
この世界に来た時すら、表情一つ変えなかったリーンが、全身で悲しみを表す。
助けを求めた相手は、陛下でも俺たちでもなかった。
存在は知っているが、名前と姿を一致させたのは初めてだった黒竜の竜還りであるクロイツ。それと樹竜の竜還りアーフィイ。
そして20年前に忽然と姿を消した白竜たち。
自分の想いを踏み躙られたような気がした。
全ての竜が想いを寄せる白竜。
その白竜がガラスケースに入れられ、死んでいた。
ロクカイーオの使者が持ってきた箱に嫌な感情しか浮かばなかった理由はこれかと、納得すると同時に、白竜が入れられていた事に気付けずにいた自分に嫌悪感を抱く。
あんなに願っていたのに。
目の前にいたのに。
助けたのはリーンだった。
自分の両親をあんなふうに扱われ、リーンの瞳に今まで見た事のなかった憎悪の感情が浮かぶ。
呪われた力だと叫んだ使者に対しても、容赦なく言葉を吐き捨てる。相手が恩恵持ちであったとしても、竜が嫌悪を抱くのだと初めて知った。
リーンの眼差し。嫌悪。失望。呆れ。様々な負の感情に彩られ、2人を見つめた。リーンにこんな眼差しを向けられたら、俺だったらその場で死にたくなる。
ロクカイーオの2人の使者は、自分たちにとって白竜がどんな存在かを知る前に、呪われた忌むべき力だと教え込まれ、訂正する機会もなくそういうモノだと信じて生きてきたのだろう。
そんな2人の前にいるのは、最後の白竜。
リーンからの否定の言葉を受けた2人は、絶望に目の前が真っ黒になったのだろう。それをわかったうえで、リーンは彼らを見捨てた。
そして、俺たちの目の前からも消えた。
白竜と共に、完全に姿を──…消したんだ。
どこにいても感じ取れていたリーンの魔力。
シイリノエイの何処を探っても、リーンの魔力を感じ取る事が出来ず、俺は剣の柄から手を離し、呆然と辺りを見回す。
いない。リーンがいない。
何故リーンが消えた?
クロイツ。アーフィイ。テノの3人だけを連れて消えてしまったんだ?
わからない。
わかりたくない。
ずっとずっと、リーンといられるはずだったのに……。
「フェル。やめとけ」
「……?」
「こいつらは使者だ。命を奪えば戦争に発展するかもしれない」
「リーンがいないのに、何で原因を作ったこいつ等を生かさなきゃならないんだ?」
俺にとって見たら当たり前の事。
呪いの力と信じて、白竜を害した2人。
剣をいっきに引き抜いた。どうしてか、いつもより身体が熱い。それに身体は軽い。いつもより楽に斬れそうだ。
「リーンがこの世界からいなくなったわけじゃない。落ち着いて考えろ!」
「落ち着いているさ。アイツ等は白竜を害した。殺して何が悪い?」
「それが落ち着いてないって言ってるんだ。これ以上は俺が相手になるよ」
「今のヒースには負けない。負ける気がしない」
やけに、ヒースの存在が小さく感じた。
「だろうね。これがきっかけで竜還りするとは思わなかったよ」
「…竜還りか……」
「あぁ。でも負けないけどね」
突然、ヒースの存在が大きくなった。
あぁ。ヒースも竜還りしたのか。
「それぐらいでやめておけ。
リーンは怒りに支配されて言ったが、冷静になれば殺さないだろう。
使者殿は帰ってくれ。ここは竜の国だ。ソレを呪われた力だという国とは相容れない」
「陛下…」
まさか陛下がそういうとは思わず、俺は握り拳を作り俯く。
「国外に転移させるからそのまま帰れ」
2人の言い分は一切聞かず、陛下は指を鳴らして使者を国外へと追い出した。
「……」
「フェル。ヒース。結界を強めて国を閉鎖する。ついてこい」
「「はい」」
力ずくで有耶無耶にされてしまったが感が否めないが、俺は陛下の言葉に頷く。結界の強化をするのは賛成だからな。




