第一章閑話 絶望の中の光り
助けて!!
そう叫んだ凛を始めて見た。
両親の変わり果てた亡骸を抱きしめ、白金の瞳からぽろぽろと涙を流し続ける。
産まれた時から会った事のない両親。
でも、その温かさはずっと感じていた。
だからこそ両親は生きているのだと思っていたのに、20年ぶりの邂逅は何も言えない出会いでしかなかった。
「小さくなって……お父さん、お母さん。帰ってきたよ。凛だよ…」
クロイツは闇の中話しかける。
「リーン。このままクオロノエイに移動する。問題はないか?」
「ないよ」
「そうか…」
話しかけても凛の視線は両親へと注がれている。
凛以外、ここにいるのは竜還りしかいないが、白竜がこんな目にあったというのは、彼等にとっても許しがたい事だった。
「卵のオレに話しかけてくれたよね。沢山、沢山、色々な話をしてくれた。思い出したよ。今まで忘れていてごめんね」
謝っても、もう届かない。
泣き言だけが口から漏れる。
こんな別れ方をするなんて、思ってもみなかった。
頬に熱いものが伝う。次から次へと溢れ出し、枯れるんじゃないだろうかと思う程流れ続ける。
頭の中はごちゃごちゃで、何をすればいいのかわからない。
こんな事は、生まれてから始めてだった。
どうして。
何で。
両親がこんな目に合わなければいけないんだ。
人間として生きてきた20年。
その全てが忌々しく思えてしまう。
頭に響く声。
滅ぼしてしまえ。
人間を生かすな。
本来の世界を取り戻せ。
そんな人間ばかりではない事を知っているのに、頭の中に響く声が消えない。
20年間に渡り、結果的に溜め込んだ力。シイリノエイ程度なら滅ぼせる程溜まっている。
「思考を止めろ。これ以上考えるな」
クロイツが凛の両目を手の平で覆いながら抱きしめる。
「白竜が人間如きに殺されるとは思わない。仮死状態の可能性もある。癒しの力を注ぎ込め」
「仮死……状態?」
「あぁ。シイリノエイでは生きていく事が出来なかった2竜が、それにかけた可能性は十分になる」
「……うん。わかった」
人間を滅ぼせという声は消えないが、凛の内に溜め続けた力を両親へと注ぎ込む。
少しずつ、無理をさせないようにゆっくりと。
「クオロノエイに着いたら、リーンの血で回復用の魔法陣を描いて、癒えるのを待ってみよう」
「…うん」
クロイツの言葉に頷く。
もし仮死状態だったら、記憶の中にあるだけの両親と会える。会いたい。生きている両親と。こんな風に思うのは、竜の血がそうさせるのだろうか。
小さな竜の身体を抱きしめ、力を送り続ける。
生きていて。
死なないで。
目を開けて笑って欲しい。
凛が力を注ぎ込んでいる事に、クロイツは何も言わずに闇を操る。少しでも早くクオロノエイに着くように。
でなければ、凛が壊れてしまう。何事も動じなかった凛だが、竜は血の繋がりを大事にする。
時には自分の命をなげうってでも、相手を生かそうとする。それも竜の本能。今の凛は、本能通りに動いている。
「クロイツ。俺が手伝ったらまずいかな?」
その様子をみかねたのか、アーフィイがクロイツに尋ねる。
「いや、リーンに力を渡すなら大丈夫だろう」
「それなら、俺も大丈夫っすね」
アーフィイとクロイツの会話に、テノが入る。立場的に3人は変わらず、テノにいたっては陽竜の竜還りだ。
力になれないはずがない。
「あぁ。このままだとリーンが倒れる」
「わかった」
「どうもっす」
アーフィイは頷き、凛に駆け寄る。テノは様子を伺いながら、凛の横に立つ。
白竜の力には及ばないが、手助けをする事は出来る。
「…ありがとう」
搾り出すような小さな声で、凛がお礼の言葉を口にした。
今はこれしか言えなかった。
未だ目覚めない両親を目の前に、それだけ言うのが精一杯だった。