守りたかったモノ・3
謁見の間の扉の前に来た凛は後ろを振り返り、首を横へと振った。
「どうしたんすか?」
「ネイリールさんとディネールさんは大丈夫です。フェルとヒースも問題ない程度です。
多分じゃなく絶対、オレは喧嘩を売ります。
「…何があるか、リーンさんにはわかっているんすね」
テノには嫌な予感しかしない“何か”。その中身に、凛が気付いてしまっている。ネイリールに聞いて動けば良かったかもしれない。だが、テノの中で主は凛ただ一人。
それはもう決めてしまった事だ。今更後には引けない、ではなく、凛しか主として見れないからだ。
凛だけは守る。それを胸に刻み込み、凛よりも前に立つ。
「開けるっす」
「うん…」
存在は感じなくても、扉が開けばわかってしまうだろう。
重たい扉を、魔法で増幅をかけていっきに開け放つ。
「なっ…」
「……リ……」
ヒースとフェルディナントが反応を示すが、凛が見ているのはロクカイーオがここまで持ってきた荷物だけ。
謁見の間に足を踏み入れた瞬間、そこにかけてあった魔法によって、凛とテノにかけてあった魔法は解けた。
「どうしてここに来た?」
ネイリールは表情を崩さず、凛を見つめる。
「どうして? 愚問です。貴方ならわかるでしょう?」
言葉を返しながら、凛はロクカイーオの使者が持ってきた箱に近付く。
「貴様ッ、自分のやっている事がわかっているのか!!」
ロクカイーオの使者である茶色に一房赤が混ざった髪を持つ男、カーオが槍を持って構える。荷物の前には、もう一人の使者である一房だけ黄緑色を持ったロークが立ち塞がった。
「邪魔です。今すぐ武器を放り投げて両手を床に付けて下さい」
凛の言葉に、何を馬鹿な事を──と言おうとしたカーオとロークだが、凛の言葉通り武器から手を離し、腰を落として両手を床につける。
「上手く隠しているようだけど、君たちは恩恵持ちだよね。よく、それを何食わぬ顔で持ってこれたね。…あぁ、話さなくていいよ。何も聞きたくないから」
「リーン。何を…」
ネイリールが聞こうとするが、凛は首を横に振り、荷物に近付こうとした。が、その瞬間ロークが叫ぶ。
「させるかッ。こんな呪われた力に屈服してたまるかッッ!!」
ロークが槍を掴み、それを振り回す。気合だけで凛の言葉に抗おうとするが、凛に当たる事はなく、ここまで運んできた箱にぶつかり荷物が崩れた。
箱の中身が転がり落ちた瞬間、誰もが言葉を失った。
何も言えない。言えるわけがない。
「…竜が本来の体型を維持できないのは、魔力を失いすぎたか、呪いをかけられたか…。そうですよね。ネイリールさん」
自分たちの運んでいるモノが何かを知らされてなかったのか、ロークとカーオが口元を押さえつける。
「君たちは竜の恩恵を受けている。国で忌むべき、呪われた力と学んだのならオレは責めない。
竜が住んでいた星に何処から生まれたのか分からない、弱い生物がいつの間にか住んでいた。
それを竜たちは許した。だからこそ、人間が住みやすいようにこの大地に手を加えた。
祝福の力も、呪いだと言われればそれに近付く。
君たちの思い込みで、自身を蝕む力になったとしても──…オレは助けないよ。自分たちで勝手にすればいい」
凛が手助けをすれば、祝福である恩恵に戻るだろう。
だが、凛はこの2人をあっさりと見捨てた。
もう話すことはないとばかりに、2人を扉まで弾き飛ばした。
「アンタたちは、そこでじっとして動かないで。
君たちも、君たちの国も大嫌いだ」
ロークとカーオは凛の言葉に何も言えなかった。
呪いの力だと教えられ、それを信じているロークとカーオだったが、凛の言葉に無性に泣きたくなった。
見捨てないでと手を伸ばしたかった。
それはもう、叶わぬ夢でしかなかったが。
凛は崩れた箱の中から、長方形の硝子に飾られた剥製のような白色の生き物を2竜を手に取った。
阻む硝子なんていらない。
両手で、2竜を抱きしめる。
白い塊でしかなかったそれらを、優しく魔力を注ぎ込みながら硬直をといていく。
「お父さん。お母さん。凛、だよ。この世界に帰ってきたよ」
小さな真っ白の手。竜化すれば何mもある竜体。それが縦が50cm。横は30cm程の硝子に閉じ込められていた。
幾ら呼びかけても、縮んでしまった凛の両親は気付かない。
「ハハッ。白竜の亡骸を持ってるから、この国まで支配できる──とでも思ってしまったのかな。馬鹿だなぁ。本当に馬鹿だよ。竜の逆鱗に触れるなんて」
許せない。
許すなんて出来ない。
人間なんて滅んでしまえばいいのに。
滅べ。
怒りに、我を忘れそうになる。
偽装していた髪の色も瞳も本来の色に戻り、凛は竜の翼を広げた。
滅ぼしてやる。
「「リーンッ」」
凛の姿の変わりように全く着いていけなかったヒースとフェルディナントが、凛を呼び戻そうと叫ぶ。
だが、その声が本当の意味で、凛に届く事はなかった。
純白の翼を広げ、しっかりと両親を包み込む。両親とは初めて会ったはずなのに、長年共にいた大切な存在を害されたとしか思えなかった。
こんなケースに閉じ込められ、死んでいる両親を一刻も早くこの世界から離れさせたい。ただ、それだけだった。
ボロボロと涙が溢れ出し、両親の身体を濡らしていく。
泣いたのなんて、初めてだった。
感情を崩す事もなく、淡々と生きてただけだった。
こんな風に感情に支配され、涙が溢れるなんて知らなかった。
「クロイツッッ。アーフィイッッ。助けてッッ!!!」
感情任せに叫び、誰かを頼った事も初めて……だった。
凛はどうすればいいのかわからず、抱きながら両親を抱きしめる。
ネイリールが何かを言いたそう表情を浮かべたが、それに凛が気づく余裕はなく、両親の身体を抱きしめながら全てを隠すように翼で全てを覆い隠す。
「悪いっ。遅くなった」
「こっちだ」
凛が叫んでから数秒しか経っていないが、アーフィイは凛の様子を見て思わず謝ってしまう。クロイツは謁見の間に飛ぶ瞬間に白竜の存在に気付いていたのか、冷静さを崩さずに闇を操る。
クロイツが謁見の間に黒の塊を出現させ、安定させる。
丸まって全てを拒絶していた凛の翼の合間からアーフィイは手を入れ、凛を両親ごと抱き上げた。
「アーフィイ。先に行け」
「あぁ」
闇を維持しているクロイツはアーフィイを先に行かせ、謁見の間を見回す。
「俺も行くっす」
偽装していた姿を本来の色に戻し、クロイツを見る。
「俺の主はリーンさんっすから」
「闇に飛び込み、流れに身を任せろ」
「了解っす」
続いてテノが飛び込む。謁見の間に残ったのはネイリール。ディネール。フェルディナント。ヒース。使者の2人とクロイツだけ。
「ネイリール。リーンはこっちで預かる。もう戻ってこないけどな」
クロイツも不機嫌そうな表情を隠しもせず、ネイリールに言い放つと同時に入り口の役目を果たしていた闇を身体に纏わせた。
「リーンを返せっ!」
そのクロイツに向かって、フェルディナントは叫んだ。
「本人の意思だろ。返せ、と言われても本人はもう戻りたくないだろうな」
それに冷静に言葉を返し、何か言いたそうなヒースの方を向く。
「この結果になった理由は、ネイリールに聞け」
この言葉を最後に、クロイツの姿も消えた。闇と共に。ここに、凛たちがいたという痕跡すら残さずに。
「20年前に姿を消した白竜。
アンタたちの国だったのか。犯人は…。
勿論話し合いは決裂だ。白竜をあんな目に合わせた国と、取引なんか出来るわけないだろう。
さっさと帰ってくれ」
クロイツたちを見送った後、ネイリールはカーオとロークに淡々と言葉を紡ぐと、腕を伸ばし城門へ飛ばす。
使者として来て飛ばされた2人も、ネイリールの言葉にただ頷くだけだった。