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Aura - Lucent-シイリノエイ編  作者: 国見炯
第一章・シイリノエイ(完)
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別れの足音・2




 指定された店は、大衆向けの酒場だった。

 賑やかで、人との距離が近い場所。


「(こういう店って初めて)」


 酒を飲んだ事はあるが、こういういかにも、という場所は初めてだった。


「リーン。こっち」


 入り口に立っている事に気付いたのか、ヒースが手招きしながら凛を呼んだ。


「お疲れ様。2人とも仕事は終わったの?」


「終わったよ。珍しく同時に。俺は割合自由だけど、フェルは今日は早かったな」


「あぁ。溜まっていた仕事が終わったからな」


「そっか」


 それは良かったと言えば、フェルディナントとヒースが同時に頷く。久しぶりにこの3人が揃ったような気がした。


「久しぶりだね。この3人でご飯食べるのって」


「そうだな。休日も被らないしな」


 ヒースが言い、フェルディナントが頷く。フェルディナントの屋敷に世話になっている凛にとってみたら、ヒースと話しをする事自体久しぶりだ。最近ではテノと会うほうが多いかもしれない。


「ここの料理は美味いよ」


 テーブル一杯に並べられた料理。


「ん。美味しそう」


「食べようか」


「あぁ」


 3人で食卓を囲み、次々に運ばれてくる料理に箸をつける。久しぶりに一緒に食べる料理は美味しく、会話も弾んだ。

 塩や胡椒の使い方が絶妙で本当に美味しい。


「凛の料理を食べてると、舌が肥えてくるんだよな」


 ふと、手を止めたフェルディナントがちいさく呟く。


「そうかな」


 そう言ってもらえると嬉しいけど。料理作るのも好きだし。凛がそう言えば、フェルディナントが何度も頷く。


「うん。いつも美味いしな」


「フェルだけはね」


 フェルディナントの言葉に、ヒースが即座に反応し言い切る。確かにヒースと食事を取る回数はフェルディナントと比べると少ない。フェルディナントの屋敷に凛がいるから当たり前なのだが、それを含めて色々と納得がいかないのかもしれない。


「それじゃあ今度は一緒に食べようか。作るからさ」


 フェルディナントとヒースの休みが被るのは月に数日しかない。2人ともネイリール直属の部下だが、それぞれが魔法師団と騎士団に顔を出していて、被るはずの数日すら滅多に被らない。

 今の所、この3人の中では凛だけが自由に動けている。それも、凛の立場を考えれば当たり前でしかない。

 この国の王であるネイリールさえも、凛を束縛することなんて出来ない。その理由は、凛自身がまだ話さないで欲しいとネイリールに頼んである。異世界の住人がこの世界に迷い込んだわけではなく、身を守れるようになるまで異世界に預けられていた白竜が戻ってきたに過ぎない。

 今となってはただ一人。純血の白竜。

 これは、シイリノエイを揺るがす真実。

 竜の棲家があるこの国、ロウリンユだけで広まるなら殆ど問題はない。

 凛の存在は、竜に関わる者なら希望となる。が、この国以外は凛を排除しようと考えるだろう。

 シイリノエイの大多数の人間は、魔法を捨て、科学の力で生きる事を選んでいる。

 竜が減り、魔法の力が特別となってしまった時に決まってしまったのかもしれない。

 魔法から離れ、竜からも離れる事を。その結果、シイリノエイで生きられなくなった竜が増え、長寿が短命に変わり命をおとしていった。

 特別な魔法の力が忌むべきモノになったのはいつからなのか。この世界にいなかった凛にはわからないが、竜の力を持つ者を捨て駒にする他国に対し、良い勘定は持てなかった。


「どうしたの? 考え込んで」


「え…っと」


 思考の渦の中に意識を落としていたら、ヒースが優しい眼差しを向けながら言う。


「ちょっとぐるぐるしてた」


「そっか」


「うん」


 心配してくれるフェルディナントとヒース。いずれはばれてしまうだろうが、ギリギリまでソレは話さないつもりでいる。居心地の良いこの関係と距離を変えたくはなかった。

 例え、凛が白竜として動いているとしても。


「これも美味しいよ。食べてみて」


「うん」


 乳白色のスープ。一口飲んでみると、優しい味が広がる。


「美味しい」


 なんとなくだが、懐かしさを感じる味。


「ここの店長ってさ、竜が教えてくれた料理も出すんだよ。それは、最後の白竜が教えてくれたんだって言ってたよ」


「そうなんだ」


 ヒースの言葉に、凛は声を搾り出した。この世界の最後の白竜は、凛の両親だ。


「本当に美味しいね」


 姉が作ってくれたスープも、こんな味がした。


「だろ。これ美味いよな。前に店長に聞いたらさ、教える代わりに何年、何十年経ったとしても味の改良はしないで、出し続けてほしいって言われたって聞いたことがある」


「へぇ」


 思わず涙が零れそうになるが、凛はいつものポーカーフェイスでソレを抑え込む。両親の記憶は全くないが、母は凛に伝わる事を願ったのだろうか。

 いつのまにか、姿を消した白竜。


「そういえばさ……その最後の白竜はいつ亡くなったの? 竜の寿命って長いイメージがあってさ」


 声の音量を少し落とし、2人だけに聞こえる声で聞いてみた。


「「……」」


 すると、2人は難しい表情を浮かべ押し黙る。


「…聞いちゃまずかったかな?」


 ひょっとしたら、地球とここだと時間の誤差があるのかもしれない。

 凛にとって両親と離れたのは20年前。シイリノエイが地球と同じとは限らない。


「いや……20年程前に突然消えたんだ。寿命で考えれば、竜は数百年は生きれるはずなんだ」


 フェルディナントが教えてくれた白竜。おそらく、凛の両親は死んでいった竜たちよりも

若かったのかもしれない。だからこそ、フェルディナントが疑問を浮かべたのだろう。

 突然消えたといっても、純血の竜ならば尚更凛は感じ取れる。それなのに、凛は自分と血の繋がりがある両親の存在は一切感じ取れなかった。

 仮にクオロノエイに行っている場合は、琥珀がその事を凛に教えないはずがない。


「(嫌な予感がする)」


 シイリノエイと地球の時間差はない。

 だが、20年という時間で子供を産めた両親が寿命で死ぬとも思えない。

 眠りについているなら存在は感じ取れるはず。


「(なんだろう。不安で胸が押しつぶされそう)」


 少し前に凛に幸せを齎してくれたスープ。

 ついさっきの話なのに、凛は不安に身を切られているような、どうしようもない感情に押し潰されそうだった。







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