はじめまして異世界・2
用意された朝食を食べ終え、凛は改めて部屋の中を見回した。異世界といっても、今の所特別目をひくような珍しいものはない。
ゲームに出てくる宿屋を少し豪華にした、そんな雰囲気だ。
時計、ベット、棚、カーテン。パソコンはないものの、その代わりとばかりに存在を主張する、30cm程の水晶。
これは珍しい。
用途はわからないが。
「それは魔道具だな。市販品で安いけど、結構使える」
「魔道具?」
流石ファンタジー。聞きなれない道具に興味の視線を向けた。しかもこれが市販品で安いというのだ。その事にも驚く。
「離れた場所にいる相手と話せるんだ。ここに紋が彫りこまれているだろ?これと同じものが対の魔道具にも彫られてる」
食後のコーヒーを飲んでいるフェルディナントが説明してくれる。
「便利ですね」
電話みたいなものだと思うが、異世界にそれと似たようなものがあるとは思わず、素直に感嘆の声をあげた。
「これぐらいの大きさだと登録は結構出来るな」
そこまではフェルディナントも把握していないのか、言葉を濁す。
「現在60箇所。その大きさだと100は登録可能だね」
ヒースの方が知っているのか、フェルディナントの言葉に補足をいれる。
性格なのか、それとも魔法士という職業の差なのか。イメージだが、騎士よりは魔法士の方が魔道具に詳しい感じがした。
凛にとってみたら魔法士というモノがよくわからないので、イメージでしかなかったが。
「もっと小さいモノだと一対一での会話も出来るな。小型化がどれだけ進んでるか知らないけど」
「・・・・・」
水晶の通信機にあまり興味がないフェルディナントの言葉に、ヒースが無言のままコップを投げつけた。
「っと…」
それをあっさりと受け止め、尚且つ宙に舞った水さえもコップで受け止め、何事もなかったかのように机の上へと置く。
「物は大切に」
「割れないようにしたよ」
「俺の頭が割れるだろ、それ。まったく…」
悪びれないヒースに、フェルディナントがひいた。
やっぱり仲が良い。
それが表に出ていたのか、ヒースは凛に視線を移すと、
「腐れ縁だよ。フェルの面倒みたのは俺だし」
「ん?」
ヒースの言葉に、思わず首を傾げていた。
「流石におむつはかえなかったけどね」
どうやら、ヒースの方が年上らしい。
見た目だけでいうならフェルディナントの方が年上でもおかしくはないが、見た目に関しては人の事は絶対に言えないので、黙っておく。
その様子で察したのか、ヒースは自身を指差すと、
「22歳。フェルは19歳。リーンは?」
「20歳。もうじき21だけど」
「フェルぐらいかと思ってた」
それはあまりかわらないんじゃ?
それが、素直に表情に出てしまう。
「そういえばそうだねー」
にこっと、誤魔化すように幼く笑うヒースに、凛は静かにため息をおとした。
昨日見た腹黒の笑みとは明らかに違う笑い顔。
素で呆けたのだろう。
「まぁ、二人とも若く見えるよな」
ヒースと凛の会話に割り込むように、フェルディナントがあっさりとまとめる。
確かに若く見える。二人とも。だが、フェルディナントが老けているわけではないのだ。決して。
そこで、凛の動きが不自然に止まった。
「(今・・素で笑った・・・)」
地球ではありえなかった事。
それが、一日前に会ったばかりの人間相手に笑ったのだ。
驚きというより自身に驚愕を覚え、凛は瞳をギュッと力任せに閉じた。
「リーン?」
心配そうな声が上から降ってくる。
「なんでもないですよ」
それを、隠すように、笑顔で言い切った。
すっかり冷めたコーヒーをいっきに飲み干すと、凛は自分が使った食器を片付け始める。
「これ、どこに片付ければいいですか?」
「そのままでいい。片付けにくるから。(線・・をひかれたか?)」
「フェル。やっぱり外に行こう。異世界との違いにも興味があるしね。
リーンはそれでいい? (仕方ないよ。たった一日。しかも名乗ったのはさっきだ。俺たちも様子を伺ってる。お互い様だね)」
フェルディナントとヒースが身に着けている外套の小さな飾りが、ほのかな光を放つが、二人に視線を向けていなかった凛は気づかなかった。
通信用の魔道具が、水晶だけではないという事に、気づかなかった。
「興味はあるけれど・・・この格好で大丈夫かな?」
異世界の街に興味はあるが、その前に心配事が一つ。
それを尋ねてみると、頭のてっぺんからつま先まで、じぃぃと二人に見られ居心地の悪さからつい距離をとってしまう。
「俺のマント・・よかヒースのか」
「そうだね。これを使えば大丈夫だよ」
ヒースは自分の肩にかけてあったマントをとると、それを凛へと手渡す。
淡い緑のマント。翡翠色。
渡されて気づいたのだが、2人ともマントは二枚重ねらしい。フェルディナントよりもヒースのマントといったのは、単にマントの色の差だろう。
ヒースは翡翠色と濃い緑。フェルディナントは赤と黒の二枚重ね。
つけ方に悩んでいると、ヒースは自分が渡したマントを受け取り、慣れた手つきで凛の身体に巻き始める。マントというよりは、ローブといった装い。
身長の差で仕方ないのだろう。身体全身を包むように足元まですっぽりと覆われたマントによって、この世界で目立つ凛の服装は完全に隠された。
「リーンの服は夜まで待っててな。作らせてるから。それに気に入ったのがあったら買えばいいか」
「夜?」
フェルディナントの言葉に、凛は動きを止めて顔を凝視してしまう。
「あぁ。とりあえず何着か用意させてるから」
当たり前のように言われた言葉に、心底困ってしまう。だからマントで急場を凌ごうとしていた理由がわかったが、それと服を作るのは別の話だ。
「お金を持っていないので、遠慮したいのですが…」
通貨がどんなモノかは知らないが、日本と同じという事はないだろう。
つまり、今の凛は無一文。
凛の至って真面目な本音に、フェルディナントは笑いながら、
「いーのいーの。衣食住の世話は俺の義務って事で気にするな…って言っても気にしそうだな。
気にするなら、そうだな。異界の料理が食べてみたいから、作ってくれるとありがたいな」
「そうだね。市場で使えそうなものでも買ってこようか。そういえば・・・リーンは作れる?」
肝心な事が抜けていた事に途中で気づいたヒース。
「大丈夫。作れるよ」
姉の教育方針で、料理の腕はかなりの分類に入る。
備えあれば憂いなし。なんて笑いながら言われたが、まさしくその通りだった。
お返しその1.料理に決定。
材料の不安はあったが、朝食は美味しく食べれたので大丈夫だろう。多分。