動き出した運命・4
フェルディナントの屋敷にある凛の部屋。凛が魔力に優れていると分かった時に部屋を変えてくれた。カーペットの下に描かれた魔法陣。魔力や魔法をこの部屋に留めて置くための魔法陣だ。
音も内に留めておける。
この部屋に来るためには、凛が貰った部屋からしか行けない仕組みになっている。寛げる場所と魔力を扱っても問題ない部屋にしてくれた。
初めてここに来たときは客室だった。一ヶ月経った頃には客室から他の部屋に変わった。そして今は、隣りの部屋を改造して魔力部屋を作ってくれた。その部屋は凛の部屋と変わりはなかったが、廊下に続く扉は壁へと変わり、凛の部屋からしか行けないようにした。
フェルディナントの心情の変化が、凛の部屋に反映された。それと同時に、一人の魔法師と認めてくれたのだろう。
魔法師は必ずといっていい程研究部屋を持つ。
様々な研究をし、魔法を作り上げていく。凛も陣を織り込んだ道具を作る為に睡眠時間を削っていた。
その方が邪魔をされない。凛のように魔道具を作る場合は特に、集中出来る環境が必要になる。
だからこそ、ひとりの魔法師と認められた気がして、何かくすぐったかった。
「リーン、ちょっといいか?」
ノックと共にフェルディナントの声が耳に届く。
「大丈夫だよ」
扉を開け、フェルディナントを向い入れる。
「部屋に感動してたんだ」
自分専用の魔法部屋。嬉しくないわけがない。
「そっか。良かった。ヒースとかと相談してさ、色々凝ってみた」
「そうなんだ。後でじっくり見てみる」
フェルディナントと凛の関係は何も変わらない。ネイリールと何を話したかさえ聞かないでいた。凛は助かった。その件についてフェルディナントなりに色々な事を考えたのだが、それらを一切表に出すような真似はしなかった。
「どうしたの?」
中々本題に〈入ろうとしないフェルディナントに、凛から言葉をかけた。
「……リーンに作ってほしいモノがあってさ。出来ればでいいんだけど欲しいなぁと思ってさ
」
「何を作ればいい?」
今までの凛は、限られた事しか出来なかった。
だが今の凛にとっては、出来ない事の方が少ない。
「無効化の魔法陣を描いてある結晶が欲しいんだ」
加護をもっているフェルディナントにとって、無効化は使い難いんじゃないかと思い聞き直してみるが、フェルディナントは首を横へとふる。
「その場全体の無効化じゃなくて、個人に刻んで魔法を一時的に仕えなくなってほしいんだ」
フェルディナントの魔法は威力が強くて広範囲だという事を思い出した凛は、作ってみると頷く。
それぐらいなら、一時間とも経たず作れてしまうだろう。もし心配があるとすれば、普段自分の使うものしか作った事がないので、何処までフェルディナント用に作れるかが心配になる。
「幾つぐらい?」
「出来れば沢山。俺の場合魔法勝負になると、全てを消失してしまう呪文を放ってしまいそうなんだよな。剣なら手加減が出来る」
「そっか」
これは凛の推測でしかないが、テノを襲ったような子供たちと対峙する機会が増えるのかもしれない。
「沢山作っとく。なるべく早くがいいよね?」
「助かる」
「それじゃあ今から作り始めるよ」
「あぁ。頼む。ちょっと外に行ってくるな」
「うん。いってらっしゃい」
フェルディナントの背中を見送り、凛は部屋の鍵を閉めずに奥の部屋の鍵だけをかけた。部屋の机の上に、奥の部屋にいるという伝言をかいた紙を置いておく。
深呼吸を何度か繰り返した後、必要な材料を机の上に並べていく。
凛の結晶化した玉をいれてあるケースを取り出してみたが、フェルディナント向きの玉ではなかったので、棚の上にそれを置く。
赤竜の加護を受けているフェルディナントに合う玉は何だろうと考え、玉の属性を赤竜に合わせ、白と赤を混ぜたような玉を作り出す。
完全には混ぜず、割ってみたら中身が赤の玉を10個程作ると、無効化の陣を幾つも玉に重ねるように刻み込んでいく。
この辺りは既に慣れた作業になっているので迷う事はないが、赤竜の印を中心に重ねて描いておく。赤竜の加護を受けているフェルディナントに使いやすいように。とりあえずフェルディナントの頼み事を作る終えた後、自分の作業に入る。
古代文字は人には解読しなければ読めないが、凛の場合それに苦労した事はない。
古代文字を陣に書き込み、様々な効果を出す玉を幾つも作り出す。この先、どうなっていくのか分からない。今ではないが、いずれクオロノエイに行く時には必要になる。
シイリノエイからクオロノエイに行くと決めた時に、そんな予感がした。
時期については凛自身決めかねていた。この国はまだ結界を維持出来ている。凛がいなくても、ネイリールならこの先千年でも国を守れるだろう。
竜の頂。キアディノウルを持つこの国だけなら、竜の子たちは守られる。だが、この国以外の竜の子は守れない。
全員保護というのは難しいだろう。凛自身が渡る時に全ての魔力と魔法を駆使すれば行きたい者は行けるだろうが、テノに聞く限りそれは難しい。
自我というものが存在しない程抑えられ、何も考えず殺し屋として生きている竜の子たちに、声は届くだろうがその意味は理解出来ない可能性の方が高い。
考えても考えても、どうすればいいか答えは出ない。
凛にとって守りたいという言葉が薄っぺらなものに思えて、凛は頭を抱え込んで額を机へと当てた。
どう考えても、一人じゃ無理だ。かといって凛とは違って役割を持つ者に頼る事も出来ない。
「あ…」
そういえばアーフィイとクロイツの事を思い出す。凛の知る限りになってしまうが、彼らに役割はなかったように思えた。それに今なら話が出来る自信がある。
タイミングよくフェルディナントは出かけている。気付かれる心配はほぼないだろう。
「さて……と、捕まえられるかな」
これでもかという程効果を持たせたモノを目立たないようにしておく。警戒されても困るが、その辺りはクロイツが抑えるだろうと思いながら、ソファーに横になりながら魔法で2人を探し始めた。