廻る歯車・6
目の前の人物を一言でいうなら、ものすごく怒っていると答えるだろう。
凛に怒っているわけではなく、ネイリールに対してこれ以上なく怒っている。ただの親子喧嘩だとは思うが、それでも王の間を破壊しながら怒りをあらわにするネイリールの息子に、内心は驚きながらも少し距離を取る。
一応安全な距離に、という程度の避難。
「ディネール。客人がいる。その件はまた後で…」
少し声を強めに言い切ろうとしたネイリールだったが、最後まで言い切る事なく魔法が飛んでくる。
「だから人の話を聞け!」
それには流石にイラッときたのか、息子との距離を詰めながら魔力の塊を迷わずに放つ。一般人なら即死しそうな魔力の塊だが、それが弾けたという事は相手はネイリールと同等の魔力を持つという事だろう。
少し二人からは距離をとるものの、下手をしなくても巻き添えをくらうであろう距離に、凛はどうしようかと腕を組む。
咄嗟に放った防御のおかげで暫くは大丈夫そうだが、このままではいつこれが破られるかわからない。
二人の魔力が桁違いに大きい事は感じ取れても、自分と比べるとどうなのかは全く分からないのだ。
こんな事態になるなら、自分の魔力はどのぐらいの威力なのかを調べておけば良かったと後悔するが、今更それを言った所で仕方ない。
とりあえずそれはフェルとヒースに聞く事を決心しながら、凛はこの後どんな行動を起こせばいいのか迷ってしまう。
喧嘩は、人が間に入った方が良い場合と、そうでない場合がある。
今回のはどれだろう。
今までの対人関係を思い起こしてみれば、外面が良い笑みでの対応しかしてこなかったような気がして、つい右手で顔を隠した。
「(自分の浅さ加減に呆れるしか出来ない)」
人と向き合ってこなかったから、こういう時にどうすればいいかわからない。
自己嫌悪に陥りそうになるが、そうなった所で事態は収拾しないだろう。
「(…覚悟を決めよう)」
軽く深呼吸を繰り返し、親子喧嘩中の二人を視界へと収める。多分だが、凛の言葉は竜に関わる者なら無視する事は出来ないはずだ。
それを信じて、というよりは思い込みながら、凛は口を開いた。場にそぐわない淡々とした口調で言い切る。
「オレの前で喧嘩は止めてください。喧嘩は好きじゃないです」
どちらからも竜の波動を強く感じるという事は、息子の方も竜還りなのだろう。それらが日常だとしても、魔力のぶつけ合いで身を削っているのを見るのは辛かった。
竜というだけで、愛しいという感情が凛の中から沸き起こる。地球ではありえなかった感覚。
「――ッ」
ネイリールの息を呑む音が響く。
「父上?」
ネイリールの反応に怪訝な表情を浮かべるが、ディネールその言葉に逆らう事が出来ず、圧縮していた魔力を拡散させながら空気中に溶けさせる。
「悪かった。ここには客人が――…リーンがいる。喧嘩はなしだ」
「リーン…?」
ネイリールの視線の先を追ってみると、そこに立っていたのは初めて視界に納める白い色だった。
見た事もない白色の魔力。
心臓が飛び跳ねるような衝撃を受けながら、ディネールはただ立ち尽くす事しか出来ずにいた。
「貴方は……貴方は誰ですか?」
本能は知っている。
けれどそれを言葉にし、否定されたらこれ以上ないほど傷つくだろう。
「オレは……多分…」
貴方の思う通りの存在です。
だが、凛の口から出た言葉は肯定。それは、ディネールの願う存在だった。