廻る歯車・5
一瞬だったのか。それとも長い時間だったのか。
感覚が失われるが、それさえも気にならない二人だけの空間。
凛はネイリールから視線を逸らす事は無く、ネイリールも凛を瞳に写したまま口角を上げた。分かりやすい笑みを浮かべ、玉座に背をもたれ掛からせる。
「元々、アイツも覚悟してただろうしな。待ち望んでいた、とも言うが」
焦らす、ではなく独り言のような呟き。
ネイリールの言葉に凛は答える事無く、ただ目的の音が発せられる事だけを待っていた。ネイリールの言う通り、元々分かっていた事実だった。
凛が受け入れなかっただけの話しなのかもしれない。
それでも、この世界の事を学ぶうちに凛の中に降りてきた。それだけの話し。
「……」
「……」
更に無言が重なり、ネイリールはゆっくりと散漫な動きで顎に右手を当てると、軽く息を吐き出す。
「俺は、竜になる事を約束された竜還りだが、この世界に純血種が存在していないわけじゃない」
「……」
室内に、然程大きくも無いネイリールの声が静かに響く。
「リーンは恩恵持ちではテノと親しかったか」
「そうだね。友達…だと思う」
「加護持ちじゃフェルとヒースか。テノとそれほど親しくならなかったらここまではっきりとは分からなかったかもしれないなぁ。まぁ…アイツと接触したのが大きいんだろうが」
最終的に、今俺と会ったしな。
そう言って笑うネイリールだが、表情に余裕は感じられない。
笑ってみせているだけ。
また、少し間が空いたかと思うと、ネイリールの表情から感情が消えた。
王の表情のと竜の表情が混ざり合ったような複雑な色を、感情を消えさせたはずの表情で表す。
次だと、思わず身構えそうになった凛は意識的に身体から力を抜いた。
分かりきった事実を聞くにしても、改めて言葉にされるのはやはり違う。
「リーンは琥珀、と名付けたんだったな。あの──…」
最後の光竜を。
ドクリ、と心臓が嫌な音をたてた。
柄にも無く、緊張し過ぎたらしい。
「純血の竜に名をつけられるのは、その竜よりも高位の存在。竜還りや先祖還りの純血竜じゃ、始祖に近い光竜に名をつける事は不可能」
わかるな?
この言葉の意味が。
そう、声には出さずに言われたような気がした。
竜還りは、加護持ちが竜として蘇る事を約束された存在。
純血竜の先祖還りは、微かに流れる別系統の竜の血が濃くなり、数代前の血筋の竜として生れ落ちる事。
先祖還りというだけで、例え琥珀の上位の種族であったとしても名をつける事は出来ない。
「ふ…」
思わず、凛の口から笑いが漏れた。
どうりで、琥珀に名を求められた時に嫌な予感がしたはずだと思う。やはり直感は捨てたものじゃないんだなと笑えば、ネイリールが困ったように眉間に皺を寄せる。
「俺は竜還りだからリーンという存在が分かる。琥珀と連絡をとっていた、というのもあるけどな」
「……」
「俺や琥珀にとって……いや、気付いてはいないが全ての竜に関わる者たちにとって、リーンは…」
ネイリールが何かを訴えるように紡いだ言葉。
だが、それを遮るように、謁見の間に爆発音が響き渡った。
「「──ッ!?」」
ありえない出来事に、咄嗟に凛は《守護乃霧》を発動させる。そんな凛を守るようにネイリールが音と凛の間に立ち、左腕を前へと突き出した。
「リーン。話しが途中になって悪かったな」
「いえ…」
まさか厳重な結界に覆われている謁見の間に爆発音が響くなんて、流石のネイリールも予想していなかった事だろう。
「そして、今回の騒ぎの元凶には……本当にすまん」
「…?」
頭を下げながら疲れ果てたようなネイリールに、どうしたのかと問いかけるより先に、今度は爆発音ではなく声が響いた。
未だに爆ぜる火の音に負けず劣らずの声。
「父上ーーーッッ!! あの件は片付けておいて下さいと出立する前に約束してあったでしょうッッ!!!」
声の大きさよりも、響いた言葉に瞳を瞬く。
「…父上?」
「……」
凛の疑問の言葉に、ネイリールは眉間の皺を濃くしながら口元を歪める。その表情は怒っているような困っているような何とも言い難いものだった。