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Aura - Lucent-シイリノエイ編  作者: 国見炯
第一章・シイリノエイ(完)
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廻る歯車・4



 「はは。どうやってもリーンとしか聞こえないんだな。――…は初めてだから、新鮮な体験だ」


 明らかな凛の作り笑いに、陛下は心底面白いと言わんばかりに声を漏らしながら笑う。凛の場合作り笑いと言っても、それがほぼ生まれながらに備わったものであり、他者から見るとその作り笑いが本来の穏やかな笑みに見えるのだが、どうやら陛下には一切効果がないらしい。

 だが、それは陛下だけではなかった。

 フェルディナントもヒースも、テノにも効果はあるように見えない。


「(…この世界の住人は、作り笑い探知機でもついてるのかな…)」


 心底不思議に思うが、どうやらその表情がまた陛下の琴線に触れたらしい。いつまで経っても止まない笑い声。

 この声を聞いているだけで、勝手にだが陛下像を想像で膨らませて、柄にもなく緊張していた自分が馬鹿らしいと、凛は完全にいつもの落ち着きを取り戻す。

 凛の心情を見計らったかのように、陛下も笑い声を納め口角を軽く上げるような表情を形作り、凛を玉座から見下ろした。

 手の平の上で転がされているような錯覚に陥るが、強ち間違いじゃないだろう。

 流石、賢君と名高い陛下。

 どんなタヌキが隠れているか分からないと、凛は改めて背筋を伸ばし、陛下を真正面から瞳にその姿を写しこむ。

 

 沈黙──…に支配される。


 どちらからともなく口を開く事もなく、互いを見定めるようにただその瞳に相手を写すだけ。

 これで何が分かるのか。

 探れるのか。

 何も分からないまま、ただ相手を見てるだけ。


「……俺の沈黙に耐えられるんだな。それはそれで驚きだが……まぁ、名乗らせといて俺が陛下のままじゃ拙いか。拙いな」

「…? 別に気になりませんけど」

 陛下の言葉に、凛は不思議そうに目を瞬きながら徐に言葉を紡ぐ。凛にとってみたら、この世界に来た時から陛下は陛下だった。

 特に個人名を気にするような間柄になったつもりもなければ、別に興味の対象でっもなかった。一つ陛下の事を気にしていたといえば、今後の事だけ。凛がこの後どうなるかの鍵を握っているのは、陛下だ。

 それは、陛下に決めてもらうしかない。

「そう言うなって。誰も呼ばなくなってどれぐらい経ったかな…。まぁ、関係ないだろうが一応名乗っておくか。俺の名はネイリール・ジャディーラ・キィリィルナイラスだ。親しみを込めてネイと呼べばいいさ」

 サラサラと手入れなどまったくいらないような短くも長くもない闇色の髪を払いのけ、陛下――ネイリールは自信を覗かせる様な微笑を浮かべた。

「(成る程。この笑みで付いていく人は居そうだ)」

 自信溢れる表情。

 この人についていけば何も心配はいらない。

 その笑みだけでそう思わせるには十分な程の魅力溢れる表情。

 とは言っても、フェルディナントやヒースが絶対の信頼を寄せる理由は、この笑みだけじゃないだろうと思う。

 絶対的な理由は、やはりネイリールが纏う闇色だろう。だが、真正面から堂々と観察していてふと小首を傾げたくもなる。

 フェルディナントやヒースと同じく、一つの色彩をこれでもかという程身に纏っているのに、あの二人とは何かが違うのだ。

「……」

 凛の沈黙に、ネイリールが再び表情を崩して笑う。

「リーンは、俺の闇色――といっても暗闇の色が気になるらしいな」

「暗闇の色?」

「あぁ。純粋な闇から生れ落ちた暗闇。決して真実の闇には届かない子のような存在だ」


「………」

 口を開きかけ、リーンは考え込むように口を閉じた。

 思考はこれでもかという程動き続けているのが、浮かんだ考えは間違いじゃないのだろうと、凛は改めてネイリールの全身を視界へと収める。

 ひょっとしなくても、今は重要な言葉を聞いている。それだけは間違いない。

「フッ…感が良い、と言えばいいか? ヒースやフェルとの違いを感覚だけで捕らえられる人間は稀だ。何せ、一般人には区別が付かないからなぁ。

 あの二人と、恩恵もちの違いはついたとしても、俺とあの二人の違いは…な」

 意味ありげに間を空けられた言葉。

 恐らくと言うより、絶対に凛はネイリールから疑問の答えを貰っている。

 そして、何故かそれを疑問に思うよりも当たり前だと感じる自分がいて、どちらかというとソレに戸惑っているのかもしれない。


「俺の加護は暗竜。対はテノの陽竜と言えばイメージは付きやすいか?」


 ニヤリ、と人を食ったかのような意地の悪い笑みを浮かべ、ネイリールは玉座に背を付け悠々と腰掛ける。

 テノは金色の髪を一部分に持つ、陽竜の恩恵を預かる人間。確かに彼が陽の輝きを持つとすれば、規模は違うもののネイリールは暗闇の輝きを持っている。テノがネイリールのように全てが金色になれば、まさしく対だろう。


「そうですね。テノさんの対、といえば納得です。陽竜の対だから暗竜。けれど、ネイさんはテノさんとは絶対的に違うものがある。

 それはきっと、フェルやヒースとも一線を駕しているんですよね」


 なら、答えは一つしかない。

 凛がそう言った瞬間、ネイリールの表情から色が全て消え失せる。まるで凛がその答えを言うのを待っていたかのように、その眼差しだけで続きを足す。


「ネイさんは……恩恵じゃない。加護でもない。それよりも近付いた存在──…受けるじゃなく、与える存在」


 この答えはきっと、凛にとっては目を逸らしたかったもの。

 でも、ネイリールは知っているのかどうかは分からないが、凛にはっきりと自覚させようとしているかのように、表情をなくしたまま続きを待つ。

 無意識に、喉がなった。

 口の中がカラカラと乾く気さえする。


 きっと、ここで答えを明確にしなくても、時間の問題である事には変わらない。



「(……この世界で違和感がないはずだ)」



 なら、この世界に凛を導いたのは声の主なのか、それとも凛自身なのか。


 両方なんだろうな、なんて笑いながら、無表情を装っているネイリールと視線を合わせた。



「貴方は竜還りだ。加護持ちよりも竜に近付いた。いや、竜として蘇る事を約束さた……人間ですね」



 こういう時は琥珀という存在を思い出す。

 琥珀とネイリールにも圧倒的な違いがある。それは見た目とかそういう分かりやすいものではなく、ただの感覚的なものだが、あながち外れてはいないだろう。


 凛のその言葉を待っていたかのように、ネイリールの表情が愉悦に変わる。

 初めて自身の中の竜が認められたかのように、心底とばかりに歓喜が湧き上がったかのように見えた。



「正解。まぁ、分かってたみたいだけどな」


「感覚的にですけどね。ネイさん」


「ん?」


 頬が上気して微かにだが朱色に染まっていたネイリールが、何かを感じ取ったのか瞳に正気の色を戻らせる。


「オレは貴方の望むとおり、答えを出した。貴方も、オレの望む通り答えを言ってくれませんか?」


「………」



 言葉の端に感じる誰かの存在。

 きっとそれは、凛の知っている存在。


 そう言えば、今度は別の意味でネイリールの表情が楽しげなものへと変わる。恐らく、ネイリールにとってみたら予想範囲内だったであろう凛の言葉。

 


「あぁ…そうだな。分かりきった答えを、言ってみようか?」



 全てが呑みこまれてしまいそうな静まり返った空間。


 時間の流れも何もかもから解き放たれたかのように、二人を縛るものは存在しないかに見えた。







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