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Aura - Lucent-シイリノエイ編  作者: 国見炯
第一章・シイリノエイ(完)
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幕間~新たな出会い


 城内だけじゃなく、城外への外出許可が下りたのか三日前。


 玉作成の手伝いと、レシピ集が売れた件での賃金という名のお小遣いをもらったのが二日前。


 凛の持っていた文房具を基に、テノが開発した文房具の売出しが本日。


 それを理由に外出理由をもぎ取った凛は鞄を肩にかけ、街へと足を伸ばしていた。目的地は勿論テノの知人の店で売り出されるという文房具の購入と、とある物を買う為。文房具に至ってはテノから一式貰えるらしいが、やはりこういうのは自分自身で買いたいと店を訪れ、記念とばかりに何点かを購入して店を後にした。

 地球で使用していた文房具は馴染みがない所為か、行列が出来るような騒ぎではなかったが既に水面下で人気が広がっている為、売り切れるのは時間の問題だろうという話し。


「(良かった。開発だけしてもらって売れなかったらどうしようかと)」


 実際はテノが興味をもったのだが、それでも開発に至ったきっかけは凛という事で、緊張しながらテノが準備してくれた資料に目を通したりしていたのだ。これで一息つけたと安心したようにもう一度店へと視線を向けた。だが、店に視線を向けた時に視界に何かが入る。

 一瞬、見覚えのある色彩が視界を掠めたのだ。


「あれ…」


 フードを被っているけれど、確かにあの色彩はと恐る恐る名を呼んでみる。


「アーフィイ?」


 暗闇の中で見た姿。剣を向けられ、腹もたったがそれでもその怒りは続かずに闇の中でキミドリさんと呼んだのはつい最近のはずなのに、日々の密度が濃い所為か随分と昔の事のようにも思えた。

 

「なっ!」

「な?」


 呼ばれた名に反応してか、それとも凛の声に驚いたのか一気に挙動不審なったアーフィイが肩を揺らして凛を指差す。

「何でここにいるんだよ!」

「街だからオレが居てもおかしくはないよね」

 寧ろ初めて会ったのここだから。と言葉を付け足せば、確かにとアーフィイが頷く。やっぱり素直な性格なんだな、なんていう眼差しを凛が向けてみると、居心地が悪そうに身を捩りそっぽを向くアーフィイの表情は気まずそうなもの。

「…広い街で、何でこの店の前にいるんだよ」

 ぼそりぼそりと街ではなく範囲を限定して呟くアーフィイに、凛は買ったばかりの包みから文房具を取り出した。


「これを買いに来たんだ。アーフィイも?」

 この店の前という事はそうかな、と予想をつけて聞いてみると首を横へと振られた。どうやら違うらしいが、アーフィイは雑貨屋の前から離れずに気まずそうに視線をさ迷わせるだけ。最終的に何かを観念したのか、さ迷わせていた視線を凛へと向ける。

「知り合いが買いに来たんだ。結構書いたりするから、羽ペンよりこっちの方が楽だろ」

「そうだね。オレも便利だと思うよ」

 知っているとは言えないが、同意はしておく。それに何かを感じ取ったのかアーフィイは怪訝な眼差しを向けてきたが、店先から男の声が響くとそれに手を上げながら応えていた。

 淡々とした声音。タイプは違うがどうやら仲がいい相手のようだと微笑みを浮かべながら、凛は店先から離れる為に歩き出した。とある理由からもう会いたくないと思っていた相手。

 つい声をかけてしまったが、態々アーフィイの友達まで凛が知る必要はないだろうと、そう思いながら離れた。が、相手はそうは受け取らなかったらしく突然伸びてきた手に外套を引っ張られ、後ろへとこけそうになる。

 咄嗟の事で反射的に受身を取ろうとするが、それよりも先に外套を引っ張ったであろう腕が凛の背を支える。仰向けに近い状態で視界に広がったのは初めて見る青年。どうやら転ぶ寸前に受け止めてくれたらしいが、その理由は目の前のフードを深く被った青年だと思うと、礼を言うべきかは少しだけ迷う。

 アーフィイと同じくフードを深く被った理由はこれかと、青年の色彩を見てそんな言葉が脳裏を過ぎる。


「(…黒だ。久しぶりに見る色彩)」


 自分が置かれた体勢の事が外套を引っ張った理由とか、そんなものは全て後回しとばかりについ、懐かしい色彩に目を奪われる。だが、この色彩は凛にとっては馴染みのあるものでも、この世界ではほぼ在り得ないものだと思い直す。それを考えると、これは関わるべきではないなとは思うが何故か背に回された腕が離れる気配はない。

「あの時の、女か。確か…リーン?」

 目を細め凛へと問う男に、凛は迷う事無く首を傾げる。あの時の女も何も、凛は目の前の男に会った記憶は無い。


「あー…あの時、コイツもいたんだ。同じ空間じゃないけど」

 凛の疑問を感じ取ったのか、アーフィイが補足をいれてくれる。

「あぁ。あの暗闇の主?」

 アーフィイの言葉で思いついた事を言ってみる。

 先日のテノの話しを聞かなければわからなかったが、聞いた後だとよく分かる。漆黒の髪と瞳を持つ存在が操る力。色彩が黒なら、闇はお手のものだろう。

「へぇ…よくわかったな。あの時は確か、魔法を知らなかっただろう?」

 感心半分と、興味半分の眼差しと声音。その言葉であの時は青年の手の中にいたのだろうと実感させられる。

「勉強したからね。少しはわかるよ…で、助けて貰ったのは嬉しいんだけど、そろそろ腕を離してもらってもいい?」

 未だに男の手は凛の背中に回されたまま離す素振りすら見せない。あの時会ったらしいとはいえ、言葉を交わしたのは今回が初めて。それなのに、距離が近い気がすると凛は迷ったように男から距離をとる。


「自己紹介がまだだったか。俺はクロイツ──見ての通り、色彩は黒だが属性は秘密だ」

「そうなんだ」

 男──クロイツの言葉に、凛は興味なさげに呟く。実際、黒の色彩を持っていても持っていなくても凛には関係ないのだ。逆に親しくなりすぎると困る相手だという自覚だけはある為、ある程度距離を取る事は忘れない。

「オレはリーン。もう知ってるとは思うけど」

 だが、自己紹介をされたらやり返さなければと名乗ると、クロイツは面白そうな笑みを口元へと貼り付ける。そして、徐に凛へと手を伸ばしフードを右手の平で滑らせるように下へとおろした。


「だぁーーーっ。クロイツ! お前は本当にクロイツか!? 珍しいぞ。珍しすぎるだろっ。ちょっと俺に気遣いを持て。お前がこの店で買い物したいっていうから付き合ったんだろっ!」


 その行動の意味を問うよりも先に、ほっておかれたアーフィイが耐え切れずに叫んだ。友人の本来なら在り得ない行動の数々に許容量をあっさりと超えたらしく、辺りに気を配る事もなく注目を浴びる事も気にせずに大声で叫ぶ。


「ぅわ…これはちょっと恥ずかしいなぁ」


 その声は注目を浴びるには十分で、他人のフリを決め込みたいがクロイツの指先は未だに凛のフードを掴んだまま。そしてアーフィイはそんなクロイツに対して指を指した状態で肩を上下に動かしている。

 他人のフリは難しいらしいと凛が一瞬で諦めるとほぼ同時に、クロイツは左手の人差し指と親指をこすり合わせて音を鳴らす。それに反応するかのように、三人の体が闇へと呑み込まれその場から姿を消した。

 まるで初めからそこには誰もいなかったかのように、痕跡すら残さずに消えた3人。何故か誰もそれを疑問に思うこともなく、すぐにいつも通りの風景へと変わる。










 闇に呑み込まれ、凛は一人暗闇を歩き続けていた。

 呑まれる瞬間まで凛のフードを掴んでいたクロイツの姿も、叫んだアーフィイの姿も見えない。


「あの時と同じだよね。どうしようかな……早く抜け出さないと、ちょっと怖いな」


 この闇の主はクロイツだとわかるが、呑まれた場所が問題だと思っていた。テノの知己の店の前でアーフィイが大声を出して注目を浴びた直後、闇の中へと消えたのだ。そこからばれる前に戻らないと思いながら、凛は玉に視線を落とした後に考えるように瞳を閉じた。

 脱出用の玉は作ってはあるが、この空間で上手く発動出来るだろうかという不安もある。その不安もあるが、別の不安の方が大きいのかもしれない。

 凛がある一定以上の魔力を行使すると発動するらしいヒースのお守り。その一定以上の魔力の基準を、凛は知らない。ひょっとしたら玉に魔力を注ぐだけで報告がいくんじゃ、というあの時の状況を考えればそんな疑惑は捨てきれないものの、玉に手を当てて覚悟を決めた。


「やってから考えようかな」

 右手を前へと突き出し、玉を行使する為に呼吸を整えようとした瞬間、その腕を取られ後ろへと倒される。

「って…クロイツさん」

 二回目だなぁ、なんて呑気に呟きながらもクロイツを見上げる。ここだとフードが必要ないのか、顔を覆い隠すものはつけてはいない。

 漆黒の髪と眼の色。素晴らしく整った顔立ち。細身ながら無駄のない筋肉が付き、一房だけ長く伸ばされた髪に付けられた紅の宝石が良く似合っている。


「漆黒…」


 暗闇の中でも分かる深い闇色。日本人と同じ黒かと思っていたが、こうして目にすると全然違うと思いながら、凛は目の前にあるクロイツの長い部分の髪を指先で絡め取った。


「これが珍しいか?」


 そう問われれば、凛は迷ったように首を横へと振る。


「黒は珍しくは無いですけど、ここまで綺麗な漆黒の髪は初めて見ました」


「そうか…」


 凛の好きなように髪を弄らせるクロイツは微かに笑みを浮かべ、ゆっくりと腰を下ろす。その間も凛の背から腕は離さずもう一本の腕を使って凛を抱き上げると、凛を自身の膝の上へと座らせるようにおろした。

「(お姫様抱っこにこれは……相当恥ずかしい格好なんじゃ)」

 距離は近い。体勢も恥ずかしい。こんな時こそ顔を真っ赤にしながら叫んでほしいとつっ込み役のアーフィイの姿を探すが近くにいる気配は無い。

「アーフィイは、ちょっと離れた場所に置いた」

 凛の視線をさ迷わせる理由に気付いたのか、答えてはくれるが紡がれた言葉は予想外のもの。

「…何で、ですか?」

 思わず凛が問えば、クロイツは薄い唇の端を上げて笑みを形作る。


「少し、二人っきりで話して確認したかった」

「確認…?」


 そんな凛の疑問の言葉にはクロイツは答えず、弧を描いて表情全体で笑みを作った。先ほどの意味ありげなものとは違い、優しげな雰囲気さえ感じる笑み。

 それに、違和感を感じた。

 凛に向ける笑みが胡散臭い、といった理由ではなく、何処かで見たような気がしたのだ。

 

「どうして……気付かないんだろうな。あぁ、アーフィイのヤツは鈍いから仕方ないのか」


 そんな凛の迷うような表情をクロイツの言葉に対してのモノだと思ったのか、疑問には答えずに別の言葉を紡ぎ始める。それはどちらかというと独り言に思えた。

 当然疑問はあるものの、凛はクロイツの醸し出す雰囲気に懐かしさを感じて何も言えなくなる。


「これ以上は怖いヤツからの妨害が入る」

 クロイツの呟きが耳に入ると同時に、凛の背からはクロイツの腕が離れていた。その言葉の意味を尋ねたくても、やはりクロイツの空気はそれを許さずに笑みを浮かべた後、凛の目の前を指差す。

「出口はそこだ。今度は…俺が行こう」

  その声を同時に、優しく背を押された。

 振り向こうとするが足を踏み出した空間は太陽が輝くいつもの場所。最後に黄緑色の色彩が見えたような気がするが、既に出口は消えていた。


「……似てるといえば、琥珀さんか」


 黒と白。雰囲気は対象的だったものの醸し出す雰囲気は似ているように思えた。そう思ったのは凛へと向ける眼差しだろうかとも思うが、問える存在の居場所すら凛は知らない。

「…とりあえず目的のものでも買って、帰ろうかな」





 凛の声が空気へと吸い込まれる中、暗闇の空間に残ったクロイツとアーフィイは向き合っていた。

「クロイツッ! お前態とだろ。俺だけ離れた場所に放置しやがって」

 凛が消えた歪みへと視線を落としながら怒気言葉を吐き出すアーフィイに、クロイツは迷わずに口元の端を上げながら笑みを作った。

「あぁ。お前がいたら、照れて会話にならないからな」

 二人っきりで話しながらその身体に触れた事によって確信が持てた。だが、目の前で真っ赤になって否定するアーフィイには何も告げずに、口元の端だけを上げるという笑みを浮かべクロイツは闇を隠れ家へと繋げる。目的のものも買えて、初めて会った瞬間から確かめたかった事も確かめられた。

 偶然とはいえ今日の成果は中々だと、疲れ果てたアーフィイとは真逆にクロイツの表情には笑みが浮かぶ。


「はぁ…ったく、色々意味わかんねー。お前はいつもより饒舌だし機嫌良さそうだし──魔法を知らないはずのリーンの魔力は安定してるし玉をじゃらじゃらつけてるし」

 頭をボリボリと音をたてながら掻くアーフィイに、クロイツはそうか?なんてわざとらしく首を傾げながらもそれには気付いていたのかと感心するが、それとは別の思考で凛に触れていた手の平に視線を落とす。

「(安定には気付いても、この特別にまだ気付けないんだな。やっぱり黒や白じゃないからか…)」

 それに、あの時クロイツに対してプレッシャーをかけてきた怖い存在にもアーフィイは気付いていないようだった。もし気付いていたのなら、いつも通りにがっくりと肩を落としながら拗ねたように口を尖らせる事など出来なかっただろう。


「置いてくぞ」

 そんなアーフィイを、普段の口数に戻ったクロイツが容赦なく小さめの出口を一つだけ作り置き去りにする。恐らく何かを叫んではいるだろうが、既に太陽の下に戻ったクロイツに届くはずもなく、放置を決め込みさっさと部屋へと戻っていく。



「……アイツ、ほっんと何なんだ。別に俺は照れてねーって……俺が行くって逢いに行くって事だろ? やっぱアイツおかしいよな? でもクロイツだったよな? リーンに、何かあるのか…?」


 クロイツの真意には気付かないものの、本来なら在り得ないクロイツの態度で何かを感じとったのか、最後に小さくアーフィイが呟くが、当然、その疑問に答える存在はいない。





11/6文章を修正しました。

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