シイリノエイという世界・5
こうして見ると、テノの瞳にも金色が混ざっている。
初めて気付いた瞳の色に目を奪われていると、上からテノの笑い声が降ってきた。
「正解っす。俺の属性は珍しいんすよ。“陽”の恩恵持ちっすからね」
言われた言葉に、凛は素直に首を傾げた。
「さっき聞いた、太陽のですか?」
ここに来る前にも言われたが、やはり太陽の恩恵というとよくわからなくなる。アンジェリカのように火と言われるとイメージしやすいのだが、陽の恩恵が何かが頭の中で結びつかず、凛は考えるように視線を伏せた後テノへと戻した。
「太陽の陽っすね。前に高位の存在がいるって言ったっすよね? その恩恵を受けた人間が、こうして髪や目に色を授かるんすよ」
「……」
凛はもう一度テノを上から見つめる。
髪のベースは茶色。だが、メッシュが入ったように金が混ざっている。そして、瞳の色は金。
言われてみれば色彩は太陽の色。
「この世界で、人はおまけなんすよ。その、高位の存在に生かされてる」
「……」
夕日に手を翳しながら、テノの淡々とした声が不自然に響き渡る。まるで密閉された空間で話しているかのような音の響き。
「高位者。人ならざる者。世界の創造者」
凛が視線を一周させた事に気付いたが、それでもテノは話しを続けた。相変わらず声音は一定で何の感情も篭っていないように聞こえた。
「始祖がいて初めて、この世界は様々なモノが生まれたっすよ」
「始祖…?」
そういえば、と声には出さずに呟く。
凛自身行動範囲は狭いが、それでもここに来てから一度も、神に関係する言葉を聞いた事なかった。日本みたいに八百万の神がいて、日本中に神社が点在しているとも思わないが、テノの言葉を聞くと高位の存在は地球にとって神様のような存在に思えてしまう。
「そーっす。始祖──…リーンさんは何だと思います?」
突然話しを振られ、凛は迷いながらも途切れ途切れに言葉を紡いでみる。
「始祖…ですよね。オレのいた所だと神様がいて、神社で奉ってあったりしたんですけど、ここみたいに身近じゃなくて。
人の形で描かれている神様も多いんですけど…すいません。想像つきません」
お手上げ、とばかりに両手を上げた。
恐らく、基本的に地球の神とは違うとは思うが、それが何なのかは想像がつかずに天を仰ぐ。
「リーンさんの所も、面白そうっすね」
「…そうですね。神話は多いですよ。国によっても色々な神様がいて、やっぱりその神様の話がありますし。今度…話します。うん。多分、色々とあって面白いと思いますし」
凛の言葉にテノは約束っす、と笑みを浮かべると、改めて表情を真面目なものへとかえて凛を見つめる。
「この世界の始祖は──…竜、なんすよ。古代神・白竜」
「…白竜?」
予想外の始祖の存在に、一瞬言葉に詰まる。
「白竜は対である黒竜を作り、二竜が力を合わせて様々な色の竜を作ったんす。二竜に作られた色の竜から属性の竜が生まれ、力を持つ存在の誕生の余波を受けて精霊や魔族がこの世界に誕生したんすよ」
テノの口から当たり前に語られる言葉にの羅列に、本当に異世界なんだと実感すると同時に、凛の中に言葉では表しようのない不安が生まれた。
どうしてなのかは分からないが、胸の奥から沸きあがってくる。
「簡単に言うとっすね。オレの金は陽竜の恩恵の証なんすよ。まぁ…今となっては既に絶えた竜族が多いんで、恩恵は減って自然は壊れていってるっす。
こうなったら、竜族の先祖還りに期待するか、加護持ちの竜還りを期待するぐらいっすね」
この世界の重要機密であろう内容を一気に詰め込まれ、整理出来ない情報が凛の中に溢れていく。が、その中でも分かった事だけを纏めていく。
恐らく、凛の言いようの無い不安はきっと、始祖が白竜という事。
優しい眼差しを凛に向けているテノがそれを感づいているかはわからないが、凛がある程度の答えを出すまで待っていてくれているようにも思えた。
「…いっぱいいっぱいなんですけど、何となく、わかった事が増えました。先祖還りと加護持ちの竜還りについては後で考えます。言葉でイメージすれば、何となく分かるような気もしますし。
それで…テノさんは陽竜の恩恵なんですよね? 陽竜って…どの竜から生まれたんですか?」
色から属性が生まれた、と言葉の意味を考えると、今日会ったばかりのアンジェリカの属性が分かりやすいのかもしれないと思う。
アンジェリカは火。火は赤。赤竜から火竜が生まれたのだろう。そこまで考え、テノのルートを考えた瞬間凛の頭は行き詰った。
「陽竜は、光竜から。光竜は、白竜から。そう考えると、対の黒竜もわかりやすくなるっすね」
テノの言葉に、凛は迷わずに頷いた。対で考えると、黒と白の竜は分かりやすい。
「人は書かれてないんすけどね。創世記に。まぁ、人の事だからきっと勝手に沸いたっすね」
笑い混じりに紡がれる言葉に、凛は思わずテノを凝視してしまう。一瞬感じたテノの本音の部分に反応してしまったのだが、不自然にならないように視線を逸らそうにも、既にテノと見詰め合っている状態でそれは不可能だった。
「当たりっす。ま、その辺りは追々わかるっすよ──あぁ、でも、リーンさんは好きっすよ。それは、勘違いしないようにして下さいっす」
「大丈夫ですよ。色々と世話になってますし。流石に、この状態でテノさんに微妙に思われていたら、オレでもへこみます」
テノの真摯な声音で言われた時、何故かリーンさんだけは──と聞こえた気がして戸惑ってしまう。テノと会ってからまだ、それほど時間が経過したわけじゃない。
それなのに、、テノは凛を中心にして行動してくれているという確信めいたものもある。それはまるで琥珀と通じるものがあり、凛はどうしてだろうと考える。が、その理由としてたった一つだけ思い当たる事があった。
色。
琥珀は白金。テノは金。
そして凛は、白。
「はい、リーンさん。ストップっすー。眉間の皺が痕になったら泣くっすよ」
思考を中断させるように、テノの指先が凛の眉間へと触れ声が耳元で聞こえた。
「ッ!」
「くすぐったいっすよね。肩の力は抜けたっすか?」
息を吹きかけられた左耳を押さえつけたまま、とりあえずテノの言葉に力いっぱい頷いておく。
「もう、考えません。から、とりあえずこれは止めませんか?」
本当にくすぐったいんです、と泣き言を漏らす凛に、テノは晴れ晴れとした笑みを返すだけ。
「テノさんは平気なんですね…」
今までの空気を全て壊すようなテノの態度は態とだとは思うが、流石にそれに逆らってまで思考を沈める気はないので変わった場の雰囲気に従っておく。
「平気っすよー。リーンさんは苦手なんすね」
態とだとは思うのに、テノの笑顔が必要以上に楽しげで、凛は無意識にテノから距離をとっていた。
「ん?」
「さ、帰りましょうか。そろそろヒースから連絡が来る頃だと思いますし。ね?」
ジリッと距離を詰められる前に、凛の方からも話題を変える。とはいっても、そろそろ本当に連絡がきそうな時間ではあるのだが。
「(でも…竜がいるなら会ってみたいな)」
と、最後にそんな事を思い、凛はその思考に一時的に蓋をした。
流石にこれ以上遅くなると、本当にヒースが怖いと思いながら苦笑を浮かべる。本当に、いつの間にかこの世界に慣れ始めている自分に違和感を感じる事もなく、ただ当たり前のようにそれを思う。
「ヒース様も、過保護すからね」
タイミングよくテノが苦笑交じりの言葉を紡ぎ、まったくです、とばかりに凛が頷いた。