凛と魔法師団団長・6
短めです。
ある意味、テノは研究熱心なタイプだ。
自他共に認める研究好きで、それが講じて文具集めなどもしているが、とりあえずそれについては他人には話してはいない。
「(…でも、絶対ばれたっす)」
しっかりとノートを掴んで離さない様を見て、わからない人間がいるだろうか。いや、いないだろうと、テノの脳裏には次々と言葉が浮かんでは消えていく。
だが、誰にも話す気のなかった文具収集癖を擽られる品を、まさか凛が数多く所有しているだなんて思ってもいなかった。流石に予想外である。
持ち運びに便利なノートは然ることながら、凛が使っているペンも気になり、つい視線を向けてしまう。
「これは中に交換可能なカートリッジが入ってるんですよ。素材はプラスチックで、作り方はどうだったっけ。石油っていうものを確か分離させて作るんだっけ…ちょっと曖昧ですね」
苦笑を浮かべる凛に、テノはそんな事はないと首を横へとふる。
「物質は魔法で調べられるっすよ。他国の技術をちょっと借りれば作れそうっすね」
態々インクにつけなくて良いという構造のペンは、書き物が多い身分としては便利そうだと思う。
「何本かあるので、分解して調べてみます?
テノさんが調べられるならしてくれた方が、オレとしては助かりますよ」
鞄に入っていたものを使い終えれば、凛も羽ペンのお世話になる。正直、それは面倒だなと思わなくも無いのだ。
「いいすか? 保障はないすけど」
「いいですよ。出来たら嬉しいという感じなので」
何処となく、凛はテノに通じるものがあるなぁ、なんて暢気にそんな事を思っていた。テノの反応は、まさしく凛が新商品を目の前にした時の反応に似ている。友人に笑われながらも、新しく発売された文具を購入していたのは、記憶に新しい。
「変わった手触りっすねー。樹脂から作れるっすかね~。これは、ありがたく研究に回させてもらうっすね」
ノートよりはあっさりと、テノは懐にそれを収めた。
ノートとは違い、これは利害関係の一致という事で、貰ったという感覚が薄いのかもしれない。
「(ガラスでも魔道具で補強すればいけそうな気もするっすね)……って、リーンさんは勉強しに来てたんすよね」
机の上に所狭しと並べられた本とノート。
世界に関しての知識が得られる書物。
まるで、この世界の事を知らなかったかのような。もしくはもう一度調べなおすような選び方。
テノは本の山と凛を交互に眺め、意味ありげな表情を浮かべながら一冊の本を手に取る。
「良いものをもらったすから、ちょっとだけ手伝わせて下さいっす」
「……」
凛の無言を肯定ととったのか、テノは手にした本を一枚捲る。
捲られたページには、この世界の地図と名前が書かれてはいた。が、それよりも目を引かれたのは見開きの右側に描かれた地図。左のページをそのまま反転したかのような地図。
「どうして、このページが黒く塗りつぶされてるか知ってるすか?」
対になった地図。
片方は白。もう片方は黒をベースに描かれているが、テノの言うとおり、黒い大陸のページには不自然な程の黒が使われ、今では薄っすらと形がわかる程度になっている。
「これは、俺たちの世界と対になっている世界っていうんすよ。鏡合わせの世界っす。100年程前からクオロとは連絡が付かなくなったっすけどね」
意味ありげな言葉に、凛はテノが言った言葉を何度も繰り返し確認する。
「二つの世界は行き来出来たんですか?」
繰り返した後、テノに確認してみる。
「…150年程前までは…すね」
「(何かありそうだよなぁ…)難しい話しになってきますね。図書館では隠す事を決めた事実でしょうし。話して大丈夫でした?」
表情全体で笑みを作るものの、目の奥は決して笑ってはいないテノに、凛は言葉を重ねる。
「オレが今調べてたのは、この世界の主──人よりも高位とされる存在なんですけど、その様子だとやっぱりないのかな」
琥珀が肯定した情報の隠蔽。
隠された高次元の存在と、もう一つの世界。
「興味がないって言ったら嘘になりますけど…これ以上はいいです。
ありがとうございます。国名なんかはこの本を見ればいいんですね」
「…気にしなくていいっすよ。これのお礼すから。それに──聞かれたくない話はそれなりの事をやってるんで、心配無用っす」
いつも通りに答える事を意識しながら、まるでヒースを相手にしているような居心地の悪さを感じる。
「(先日よりも磨かれてる気がするっす)」
こういう相手との駆け引きは止めようと、もう一度心にしっかりと刻み込みながら、テノは積まれた本の中から何冊かを取り、凛の前へと積み重ねる。
「これは国の特色や名産が載ってるす。こっちは魔法関連。これだけ目を通せば、こっちは暇つぶし程度でいいんじゃないっすかね」
テノが積み重ねた本と、凛が無造作に積み重ねた本を交互に見た後、軽く頭を下げながら礼の言葉を口にした。
「ありがとう。これから読みますね」
「(ヒース様より素直っすね)」
凛の、ヒースに似ているようで似ていない笑みを受け、テノはそんな事を考えながら凛の元を立ち去る。そんなテノを見送った後、凛は目の前にある本の一番上の物を手に取り、ページを捲り始めるが、ある事に気づき無意識に首を傾げてしまう。
魔法に特化した国と魔法が衰退した国の文明の違い。
「(魔法に特化していない国の方が、地球に似てる…?)」
そこでまた違和感を感じ、別の本でその国の事について調べ始める。が、調べれば調べる程、言葉が浮かんでは消えていく。
《クオロノエイ》の事がわかれば、浮かんだ疑問は確信へと変わるのだが、今の凛に隠蔽された情報を調べる術はない。
テノが気まぐれにとはいえ協力してくれたからだろうか。今日の調べ物は予想以上に進んだ気がするが、その分わからない事も増えた。
「魔法の恩恵に預かれる人間は減っている…か」
凛は自身の内側に流れる魔力を感じながら、誰に言うのでもなく呟く。
恩恵。自らの魔力を魔法に変換できる存在。地球では、物語りやゲームでのみ存在していた夢物語。魔法が当たり前だった世界でも、魔法が夢物語に変わりつつある事実に、凛の胸の内からは意味のわからない感情が溢れそうになる。
悲しいのか悔しいのか、よくわからない。
空を見上げれば澄んでいる空気は全てのものを綺麗に見せてくれる。
「あぁ…でも、魔法師団の人たちの変わった髪の色はそれなんだなぁ」
大体は一部だけ、茶色ではない色を持つ存在。
それが、恩恵を預かった存在だとテノが薦めてくれた本に載っていた。
凛は、この世界の辿り着く先が地球とは違いますようにと、沈む夕日を見ながら願わずにはいられなかった。
まるで出口のない迷路に迷い込んだかのように。
《シイリノエイ》という世界は凛を呑み込んでいくかのような錯覚。
それでも、凛はこの世界での歩みを止める事はないと確信していた。
迷う事も考える事も出来ない事もなかった人生。
初めて迷い、考え、歩みを止めた。
歩みを止めた事が少し面白いと思う心が、凛の心の中に芽生え段々と大きくなっていく。
だからこそ、なのか。
未だに、凛は帰りたいとは思えていない。