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Aura - Lucent-シイリノエイ編  作者: 国見炯
第一章・シイリノエイ(完)
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凛と魔法師団団長・3




 自室で宙に陣を描きながらも、凛はその思考をとめる事はなかった。


 杖や宝石──魔石や玉と呼ばれる類の石──等、媒介になるモノがあった方が魔法は使いやすい。

 大掛かりな魔法を使うには、長い呪文や魔方陣が必要。


「その都度描くって手間だよなぁ」

 様々な書物を読んでみたけれど、大掛かりなもの程手順を省略する事は出来ないらしい。一度描けば、その陣は条件さえ整えば何度でも使用可能らしいが、陣が崩れたら最初からやり直し。場所を変える場合も同じ。


「印刷したい……それかパソコンみたいにコピーして貼り付け出来たらいいのに」

 そうすれば便利だよなぁ、と呟くと、日本から凛と一緒に移動してきた鞄の中から

ノートを取り出し、机の上へと広げる。

 当たり前だが、この世界では使われていない日本語で文字を書いていく。凛以外の者が見たら、ただの子供の落書きに見えるかもしれない。今は、暗号に見える日本語を好んで活用した。

 凛が試してみたいと思った事が載った本は、まだ見つけられていない。ひょっとしたらないのかもしれないし、他の誰かが既にやってはいるが、本にはなっていないだけかもしれない。


 けれど、今はそんな事は気にせず、自分の試してみたい実験に集中する。


 先日、ヒースが教えていた結晶化。それが役にたちそうだと、幾つか作ってみた。何個か作る間にコツが掴めてきたのか、最終的にはどんな形でも作れるようになり、形を変えたものを机の上へと並べた。

 イメージとしては、金太郎飴。

 結晶の中に分厚い魔方陣を作成し閉じ込める。使う時は切って使えればいいなと思うが、本当に使えるかどうかがわからない。

 本番で使えなかったら意味がないのだ。

 凛は時間を確認した後、実際使えそうかを試し始める。凛自身は初めて試みる事。実験の方法があってるいるのかさえわからず、手探り状態で進めていく。


 集中力が途切れ始めた頃、アラームの音が鳴り響いた。

 鞄の中に入っていたキッチンタイマー。料理を作る際に便利だからと、異世界に来てしまったその日に友人から貰った物。

 それがこんな形で役にたつとは思ってもいなかった。


 ヒースやフェルディナントには秘密にしたまま、怪しまれないように不確かな実験を積み重ねていく。

 無効化以外にも、封じ込める魔法や癒しの魔法も自身の魔力を結晶化したもの――ギョクに描いたりもした。が、やはり、その効果には不安が残る。


「やっぱり、そろそろ協力要請が必要かな…」


 出来れば内緒にしたい実験内容。


 だが、これ以上積み重ねた所でこの不安が払拭される事はないだろう。右手で無造作に髪をかき上げると、いつもは引き出しにしまい込んでいた玉を、袋の中へとつめておく。

 明日、起きたら見せてみよう。

 覚悟して、布団の中へと身体を滑り込ませた。





 はずだった。



 何故か凛は、真っ白の何もない空間にぽつん、と独りで立っていた。

 眠りに落ちる前に感じた布団の柔らかさ。

 それは幻だったのかと疑いたくなるが、頭を振りながらその考えを否定する。



 これは、夢だ。



 夢にしてはおかしいが、夢でしかない感覚。



「……身体が眠っている感じがする。だから夢のはずだけど」

 真っ白の何もない空間のはずなのに、違和感を感じる。


 何かがいる。そんな違和感。

 目には映らないが、凛はある一点を見つめた。それこそ穴が開くんじゃないかと思うほど、ジッと、見つめ続けた。

 瞬間、空間が揺らぐ。


「・・・・・」

 蜃気楼のように、そこに見えているはずなのに掴めそうに人の形をした何か。

 その何かは段々と色を帯びていき、気がつけば、男が凛の目の前へと立っていた。


 白金の髪を無造作に束ね、髪と同じ白金の瞳を凛へと向けたかと思うと、微笑を浮かべた。心底嬉しそうに。


「ここは夢であって夢でない場所――狭間、と呼ばれる空間です。

 凛様さえよければ手伝いをしたくて、この場所に招いてしまいました」

 招いた事自体は強制だが、その後の選択は凛に任せるらしい男の言葉。

 優しい眼差しを向けたまま、静かに、凛の返答を待っていた。



「オレは知らないのに、どうしてオレの名前を知っていて、凛と発音出来て様付けで呼ぶんだろう?とか、実験をしてた事を知ってるんだろう。夢の中にお邪魔できたんだろうとか、ね。色々疑問はあります。」

 凛に向ける眼差しは優しすぎる程優しい男。

 名前の事を言われても名乗る気はないのか、やはり口を噤んでいる。


 状況から考えれば怪しい。

 怪しい存在でしかない男。

 それでも凛は、目の前の白金の色を持つ男に対し、警戒心を抱く事が出来ないでいた。アーフィイの時と同じ心理状態。

 仮に、目の前の男が突然斬りかかってきたとしても、凛は男に対して警戒も敵意も持てないだろう。

 本人にさえわからない感覚。

 身に危険が及ぶかもしれないのに、凛はその感覚が不快でも不安でもないのだ。


「だけど……本当にあれで発動するのか、効果がまったくわからないんだ。

 自分では出来てるつもりでも、玉として生成した魔力の結晶も不安だし。

 それら諸々を手伝ってくれるなら嬉しいです」


 凛の言葉に、男は満面の笑みを浮かべた。

 手伝える事が嬉しい。そんな笑み。

 それでも、一言加える事は忘れない。


「凛様は凛様です」


 と、様付けに関しては譲る気はないらしい。





 実験が進むにつれ、不便だと凛は手を止めた。

 やっぱり、呼ぶ名前が欲しい。

 2人っきりの空間で互いに呼びかける事は、それほど難しくはない。お互いがお互いを認識し、一対一だと言う事をわかっているのだから尚更かもしれない。

 だが、男が“凛様”と呼ぶのとは対照的に、凛は男に対して呼べる名前が無いからその都度迷って動きが止まってしまう。

 そして、男はどう思っているか知らないが、凛は男に対し、それ程親しい間柄ではないと思っている。だからこそ、敬称を付けて呼べる名前が欲しい。


「適当に命令して下さい」

 凛の戸惑いを承知の上で、男が言った言葉。

「命令って・・・・・初対面の、しかも手伝ってくれてる人をあごで使いたくなんかないです」

「気にしなくていいのに」

「何となく、気になるんです」

 男の言葉に曖昧に、だが迷わず返した。

 すると男は一瞬首を傾げたかと思うと、良い事を思いついたとばかりに今までとは違った表情を浮かべる。

「それじゃあ……凛様が付けて下さい。俺の名前」

「ん?」

 あっさりと提案された事に、今度は凛が首を傾げた。

 名前を付けるといっても、アーフィイの事を仮でキミドリと言った事とは意味合いが違うような気がして、戸惑いの視線を向けてしまう。

「気軽でいいですよ。仮、ですから」

 男の口調や態度はあくまで軽いもの。

 だが、凛にはそうは思えず無意識に男から距離をとる。


 プレッシャーを感じたのか、じんわりと、背中に汗が滲む。

 

 男の言葉通り、気軽に渾名をつける感覚でいいのかもしれない。

 確かな事など何もわからないこの状況。それでも、凛は男に対しての名前は重要なのだと、警戒音が鳴り響く。


「名前を呼びたいと言ってくれたのは凛様ですよ?」

「・・・・・」

 口調や態度は丁寧だが、反論を許さない力強さも感じ、凛はもう一歩後へと下がった。この重圧で、どうして気軽なんて言葉が出るのかが甚だ疑問だ。

「思いついた言葉でいいんですよ?」

 ね?と、凛との距離を縮めながら優しい声音を凛へと降らせる。



 瞬間、男の言葉と共に、無造作に束ねられた白金の髪が凛の視界へと飛び込んでくる。


 静かに揺れる白金。


 懐かしい、その色。


 殆どの存在が知らないけれど、それは、凛と似ている、色彩。






「琥珀」





 無意識に、凛の口から言葉が紡がれていた。



 琥珀、と……



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