凛と魔法師団団長・2
怖い笑みを浮かべたヒースと、興味深げに凛を見つめる男。
ヒースの額に薄っすらと青筋が浮かんでいるような気がするが、凛は気にせずに自分のペースで歩いてヒースの前へと立つ。
「訓練中みたいだけど、大丈夫?」
「大丈夫じゃなければ呼ばないけどね。それよりもリーンにはアレが見えなかった?」
ヒースが指差すのは階段。
「見えた。あそこにあるんだ。今度からは気をつけるね」
軽口をたたく凛に、この場にいる全員の視線が集中するが、本人は気にせずに会話を進めていく。
「・・・まぁ、いいけど。テノ、リーンに基礎を教えといて。俺は結晶化の方を教えるから」
「はい?」
突然言われた言葉に、テノの口からは間抜けな声が漏れた。
「リーン。テノはこうみえて魔法師団団長なんだ。大体の事は教えられると思うから、沢山質問してやって」
肝心のテノの了承を得ないまま、言う事だけを言ったらさっさと二人から離れていく。
「・・・・・・」
「大丈夫ですか?」
無言のテノに、思わず聞いていた。
「あー。うん。大丈夫っすよー。ヒース様の笑顔は強烈っすから逆らえません」
「(やっぱ笑顔は怖いんだ・・・)それじゃあお言葉に甘えさせてもらって・・・オレはリーンって言います。魔法っていうもの自体わかってないので、その辺りを教えてくれると嬉しいです」
凛も笑顔を絶やさないが、テノに対してはあまり効果がないかな、なんて事を考えながらも癖になってしまった笑顔を浮かべ、頭を下げる。
「頭は下げなくていいっすよ。俺の事はテノって呼んで下さいっす。身分はまぁ、ここの団長なんかをやらせてもらってるっすが……それよりも珍しいっすねー」
魔法の基礎を知らないなんて。
だが、それを口には出す事はしなかった。
凛を頼まれるという事はある程度信頼されているという事。
魔法自体がよくわからないなんていうありえない事でも、テノは疑問は口にせず、産まれながらに備わっている知識を言葉へと変える。
「魔法ってのは簡単に言うとっすね。魔力を具現、変換、放つの三工程からなるんすよ」
「魔力の具現?」
「そーっす。身体の内にある魔力を表に出す事を具現って言うっすね。魔力っていうのはあやふやで形のないモノなんで、具現しただけじゃ意味がないんすよ。そんなあやふやなモノに形を与える為に、イメージする事が重要になるっすね。
呪文がある魔法は手っ取り早いっす。呪文があるモノに関しては既に誰かが開発したものなんで、それを唱えて放つ条件さえ揃ってれば、呪文によって自動的に具現、変換、放つが行われるっすよ。素人さんや開発できないタイプの人間は、既存の魔法を使うっすね。簡単なんで」
「具現、変換、放つ・・が基礎なんだ」
テノの言葉を繰り返し声にしてみる。
言葉だけを聞くと単純だが、実際はそんな簡単なものではないのだろうと思う。
「人には適正があるんで、魔法を使えなかったり、変換出来ない属性があったりするっすよ。
魔法が使えないってのは論外っすが・・・属性の適正については火が得意な人は水が苦手という具合に、正反対の属性は難しいっすね」
「初めに、自分の適性を知る事も大事ですか?」
どうやって知るのかはわからないが、魔法が使えなかったり、使用不可の属性の魔法を使おうと頑張ってみても、使えないまま終わるだけだという事はわかる。
凛は自分の手に視線を落とすと、次にテノを見つめた。
「適正は・・・ヒース様が教えてって言ったんで、魔法は使えるっすよ。あの人ぐらいになるとわかるんで。まぁ、魔法を使える適正は4・500人に一人っすかね。今はもっと減ってるっすが、それはまた今度」
人懐っこい笑みを浮かべ、あっさりと適正がある事を凛へと告げる。
どうしてヒースが魔法を教えて、といえば適正がある事になるのかがわからないが、
とりあえずその言葉を信じる事にした。
そんな凛を見ながらテノは足元に生えている草を少しだけ切ると、凛に腰を下ろすように視線で促す。
「?」
「見てて下さいっす。切れた葉っぱに対して癒しを行う場合はっすね。
この右手に魔力を具現させて、それを癒しへと変換させ、対象──つまり葉っぱに向かって放つっす」
凛の目の前で説明をしながら、切った葉を癒していく。
「(魔力って具現しただけだと見えにくいんだ)」
テノに言われたから、そこに魔力が具現された気になっているのか、本当に見えているのか判断に迷う。
「(イメージ・・・イメージか)・・・テノさん、右手にこれぐらいの球体を魔力で作れますか?」
手のひらに収まるように指先で丸を書いてテノに伝える。
「作れるっすよー。はい、どーぞ」
凛の頼んだ通りにやってくれたらしい。ヒースが言った通り優秀な人なんだろうなと思うが、今はそれよりも作ってもらった球体へと集中する。
両手で包み込むように触れたり、球体をなぞってみたりと思いつくままに魔力へと触れながら確認していく。
ピタッと、指先に何かが触れる感触。
武道に通じるものがあるのかもしれないと呟きながら、意識してテノの手の上から魔力を受け取る。
「!?」
「さっきヒースが言ってた結晶化って、やっぱりイメージですよね」
凛は両手で包み込んだテノの魔力だったものを片手に持ち替えると、回転を加えるイメージを脳裏へと浮かべ、親指と人差し指をすりあわせた。
指先でボールを回すように、回転を与えていく。
「ここから更にイメージを具体的なモノへと変えて・・・か」
コインを弾くように人差し指を動かし、魔力を霧散させる。
「ありがとうございます。ヒースに、伝言を頼んでもいいですか?」
「・・・・・・」
テノは不自然に固まっていた表情をそのままに、凛を見つめた。
喉が乾いて言葉が出てこない。
驚き、というより驚愕。
だが、自分がどれだけの事をやったのか理解していない凛は、テノの驚愕には答えずにただ言葉を待っていた。
そんな凛の眼差しを受け、テノはゆっくりと呼吸を繰り返すと、
「どうぞっすー」
いつも通りの表情を浮かべ、間延びした声をいつものように発した。
「図書館に寄ってから帰ります。って、お願いします」
お願いしますと同時に頭を下げる。
その際、テノが何かを思案するような表情を浮かべていたのだが、頭を下げていた凛はそれには気づかずに、会った時と同じ笑みを浮かべるテノにしか気づかなかった。
「了解っす。ヒース様には伝えとくんで、行っちゃっていいっすよ」
もう一度軽く頭を下げる凛に手を振りながら、笑みのまま脳を回転させる。
凛の滞在時間は10分程。
ただ、それだけ。
それなのに、テノの手から魔力を受け取り、あっさりとコツを掴んで図書館に向かってしまった。
そんな凛の存在をどうしたものかと、頭を悩ませる。
テノの身分は魔法師団団長。位ではヒースには及ばないものの、この国では上位であり、立場柄情報は入手し易い。
そのテノの耳にさえ入ってこない情報。フェルディナントの屋敷の衛兵の方が詳しい存在。
陛下の側近のみに与えられた命令。
全てを隠そうとしていない所が不気味だが、確実に緘口令のひかれた情報に関わり合いのある人物だと確信していた。
「(リーンか・・・間違いなさそうっすね──…でもなぁ、ヒース様を敵にまわす度胸はないっすよ」
心の中で両手を合わせ、ごめんなさいを呟く。
寧ろ自業自得っす。黄泉路へはあんた等だけで行けばいいっすよ。と、テノは声には出さずに笑うと、いぶかしむ表情さえ浮かべず、悠然と微笑むヒースへと視線を向けた。
「(リーンさんなら、コツを掴んで帰ったっすよ)」
「(そっか。ありがとう)」
「(・・・・・・怖っ)」
素直に礼を述べるヒースは、正直怖い。
流石に最後の本音は心の奥底に厳重に沈めておくが、ヒースが意味ありげに笑ったのは気のせいであってほしいと、テノは浮かべていた笑みを引き攣らせた。
図書館までの道のりを歩きながら、想像力を働かせイメージを積み重ねていく。
ゆっくりと焦らず、使いたいモノを表現出来るように積み重ねたイメージを確固たるものへと変えていく。
「(オレは何を使いたいか)」
属性は聞かなかった。
ヒースに聞けば教えてくれるのかもしれないが、聞かなくても大丈夫という曖昧な、でも自分の中では確かな確信を抱きながら、凛は積み重ねたイメージを一つの言葉で纏め上げる。
テノが言っていた魔法はイメージ。
そのイメージ通りに変換さえ出来てしまえば、魔法の種類は無限へと変わるのだろう。
「オレが最初に使いたい魔法」
纏め上げた言葉とイメージを脳裏へと刻み、凛は図書館で書物を読み漁るが、あくまで本の知識は参考にする程度に留めておく。
本に書かれている魔法に縛られたら、逆にイメージが固定されてしまう。
その辺りは気をつけなきゃいけない事。
自分が使いたい魔法に似たものを参考にしながら、陣を構築していく。
これは書物を読んでわかった事だが、魔法は呪文を唱える場合と、魔方陣で発動させるパターンが存在するらしい。
凛が最初に使いたい魔法に関しては唱えるではなく、陣を構築する事を選んだ。
この世界に来てから、自分の意思以外で、自分の行動が決められてしまう時があった。
気を失ったり、何処かに引きずり込まれたり。
そういうのはもういいや、と思ったのが最初のきっかけ。
やっぱり、こんな状況で仕方ないかもしれないが、面白くはないのだ。
凛が使おうと思った魔法は”無効化”。
それがこんなに役にたつなんて、この時は思ってもいなかった。