凛と魔法師団団長・1
この世界にたどり着いてから2週間。
少しは生活にも慣れてきた。
相変わらずフェルディナントの下で保護され、陛下との謁見は実現されない状態。だが、この世界で暮らす為の知識を得る為に皆から助けられ、最近では許可証も発行された。
制限はあるものの、王宮の一部を歩ける許可証。
ちなみに、フェルディナントの屋敷は王宮の敷地内にある。フェルディナントに限らず、臣下の一部は広大な王宮の庭の外れの方に屋敷を持っていた。
その為、一人で街に出る事は出来ないが、王宮の敷地内の一部を歩ける権利を得た。とはいっても、フェルディナントとヒースが裏で動いたらしい事だけはわかる。
首に掛かる透明の鉱石で出来ているカード型の許可証を光に翳し、凛は自身を戒めた。当たり前だが、問題は起こさない。
それを念頭においた上で、凛は屋敷と図書館の往復にしか許可証を使っていなかった。
いつものように屋敷から図書館へ向かう道のり。
途中にある闘技場のような広い空間。図書館へ行くのにはここが近道になるので、凛はこのルートを使用しているが、観覧席の上にある通路で足を止め、すり鉢状の底になっている闘技場の中心部に視線を落とした。
そこには、昨日までとは違う面々が揃っている。
見慣れた風景といえば、剣や槍を振るう兵士や騎士らしき人物たち。だが今日は、ローブらしきものを身に纏い、騎士や兵士とは明らかに違う空気を持つ存在たちが何かをしている。
「ヒースだ・・」
独特の空気を纏う集団の中心部にいる人間。凛にとっては馴染み深い色彩を持つ存在。
王宮内で沢山の人たちを見ていたが、ヒースやフェルディナントの色彩はやはり珍しい。辞書と本を両手に抱え、この世界の知識を吸収する過程で何故珍しいか、という理由はわかってはいる。が、やはり圧倒的な数の差を見ると実感するのだ。
だからといって、それで凛の何かがかわるわけではない。フェルディナントには最近餌付けしている気がするし、ヒースに至っては凛が答えられないようなこの世界の質問をして、凛の勉強の後押しをしているのだ。宿題という名の調べ物を強制的に。
出会った当初から変わらない。相変わらず良い性格である。
「・・・・・・」
無言のままヒースを見つめるが、首を振り図書館へと向かって歩き出す。
あの集団のやっている事に、興味がないわけではなかった。
寧ろ、凛が今一番覚えたいのはアレ。この世界に来てから翻弄された魔法という力。それについて面白くないという感情が大半だったが、興味がそれを上回る。
「(・・・魔法の概念がわからないから、何をしてるかわからない)」
興味はあるが、感覚がわからない。
魔力を具現させ、変換する。それが魔法と呼ばれるモノらしい。が、凛には魔力自体がわからない。幾ら知識を蓄えたとしても、魔力というモノがわからない凛にはそれを引き出す事が出来ないのだ。
図書館に向かって歩いている足を止めた。
屋敷に戻って聞いてこようかな、なんて事をふと思う。
2週間の間に、フェルディナントの屋敷の使用人とは仲良くなった。
女の子は可愛いし、この世界では男性とも仲良くなれた。日本では女の子に囲まれる生活には慣れてはいたが、それと反比例するかのように男性からは嫌われまくっていたのだ。
理由としては、好きな子が凛のファンクラブに入ったとか。その程度の理由。
異様な程モテテいたのだが、その代わり、気を許せる存在は身内を除いて一人しか居ない。
表面上では笑顔で接しながら、その奥では何処までも冷めていた。
細めた瞳を閉じると、凛は軽く頭を振った。
暗い思考。
常に自分と共にあるモノ。
何処か一線を引く、という根底に植えつけられた感情は当たり前のように、凛の中に存在するが、今はそれを表に出して良い時期ではない。
ほんの少し面倒だと思う心を押しのけ、日本にいる一握りの大切な人たちを思い出す。
きっと、心配している。
姉はきっと、王道トリップね!なんてにんまり顔で言いそうだが、友人はそうもいかないだろう。
凛と似ているといえば似ている友人。
女性なのに、男の格好をすれば美青年に見えてしまうのだ。
凛と同様、ファンクラブがある程度には男前。
性格は凛とは違い、基本女の子。
2週間前に別れた友人を思い出し、珍しく感傷に浸る凛を、演習中の輪の中心部にいたヒースが眺めていた。
遠見の魔法で、凛の表情の細部に渡って確認する事が出来る。
その凛の表情は、ヒースが初めて見るものだった。
「(・・まぁ、当たり前だよね)」
見ず知らずの世界に来てしまった上に、帰り方がわからない。
しかも、会うと言っていた陛下との謁見は未定。
日取りは陛下が最善の日を選ぶと、ヒースたちは知っている
ヒースが信じられるのは、陛下自身を知っているからに他ならない。
だが凛は?
知るわけがない。
会った事がないのだから。
「ヒース様」
後ろから聞こえた声。
「どうしたの? 石の精製は出来た?
出来たなら次の段階で・・・そうだな。魔力付加をつけてみよっか?」
「!?」
満面の笑みで口を挟む間も与えられず言われた言葉に、ヒースを呼んだ男は表情を蒼白へとかえ震え上がった。かに見えた。
「そりゃないっすよ。自分の魔力を結晶化させるだけでも大変なんすよ?
ヒース様は簡単にやっちゃうっすけどね」
「それじゃあ、何?」
笑みを崩さずに問う。
「さっきから足を止めてるあの人――フェルディナント様が保護してる人っすよね?
興味がありそうっすよ。近くで見学してもらったらどうっすか?」
「・・・・・(そういえば、フェルの屋敷の衛兵とは仲が良かったか)」
緘口令はひかれてはいない。
案の定衛兵経由で凛の事を知ったとは思うが、決断が難しい。
招けば、確実に接点が増えるのだ。
「あの人が歩いていると目立つんすよねー。
あの容姿ですし。ヒース様は一緒に居て美形だなぁ、なんて思ったりしないんすかね?」
許可証を発行した時点である程度予想はしていたが、それを遥かに上回る事が今の会話から伺える。
「(茶色の色彩だから油断してたな)」
一般的な色。
魔力も高くない、市民の大多数がその色を持って生まれる。
悩むが、凛の眼に浮かぶ興味の色。
ヒースは何処か観念したように、魔法を発動させた。
「――リーン、良かったら、こっちにおいで――」
右手の親指を人差し指をこすり合わせ、魔力を具現させると同時にそれを変換する。
「あぁ・・魔法か。どういう魔法があるんだろ。やっぱ興味があるな」
突然脳裏に響いたヒースの声。
あんな場所に行っていいのかという迷いはあるが、折角の言葉を断るのは勿体無い。
「ちょっと待ってて」
行くと意思表示をすると、階段をリズム良く下りる。観客席の一番下の通路につくとそのまま手摺に手を置き、あっさりと飛び降りた。
高さは3m程度。この世界では1mの事を1ミーウというらしい。
「リーン」
何故か怖い笑みを浮かべるヒースが手招きをしてくるが、凛はヒースの表情に怯む事なく笑みを返しておく。
それに、ヒースではなく、ヒースの近くにいた男の顔色が変わる。
「(・・ぅわっすね。マジで。でもちょっと興味がでてきたっす)」
マイペースに近づいてくる凛を視界に捕らえ、男は呟く。
その瞳に宿る光は興味。
今までとは違った意味を含んだ眼差しを、男は凛へと向けていた。