第9話「マシュマロと運動エネルギー」
(語り手は徳田加奈子)
お菓子を持ち込むのは、本当は部室ルール違反らしい。
でも――
「いや、これは実験道具です!」
私は、マシュマロの袋を高らかに掲げた。
「……マシュマロで実験?」
涼子が明らかに警戒している。
蘭子先輩はいつものように無表情だけど、目元が「またか」という顔だった。
「聞いてください! 今日のテーマは“運動エネルギー”!
質量×速度²で決まるあれです!」
私は、机の上に作ったマシュマロ発射装置を披露した。
洗濯バサミを固定し、輪ゴムを引っかけ、マシュマロを前にセットする。
「つまり、ゴムを引いた距離が大きいほど、マシュマロの速度が上がって、運動エネルギーも増すってことですよ! 実際に飛ばして計測しましょう!」
涼子が呆れたように言う。
「え、それ、ただのお遊びじゃ……」
「ちっちっち。物理は遊びを通して学ぶのが基本!」
「いきます! 第1回発射実験ッッ!」
私は、ゴムを5センチ引いて、マシュマロを飛ばした。
ぽよんっという鈍い音とともに、白い塊が机の向こうへと飛んでいく。
「記録、1.8メートル!」
「ちゃんと測ってるのが逆にすごい」と涼子。
そこから私は、10センチ、15センチ、20センチ……とゴムの引き距離を増やし、飛距離を測定していった。
蘭子先輩は黙ってノートに記録してくれていた。
さすが、ちゃんと見てくれてる。
途中、私は気づいた。
同じ重さのマシュマロでも、飛び方が全然違う。
飛び出す速度が明らかに変化している。
ゴムの張力、空気抵抗、射出角度――いろんな条件が絡んでる。
「運動エネルギーって、目に見えないけど、“飛び方”になって現れるんだね」
そう口にすると、蘭子先輩がすっと頷いた。
「エネルギーは形を変える。だが、消えはしない。
“感じた”なら、それが最初の理解だ」
涼子も、実験ノートを覗き込みながら言った。
「こうして見ると、マシュマロの動きもちゃんと数式になるんだね。
ふだんは柔らかいのに、こんなにエネルギー持ってるとは思わなかった」
「でしょ! 見た目よりパワーあるんだよ、マシュマロ!」
最終実験。
私は30センチ引いて、最後のマシュマロをセットした。
加速度最大、エネルギーも最大。
「発射あああああ!!」
ボフッ!
勢い余ったマシュマロは、教室の壁に命中し――
ベチャッと潰れた。
「……終了!」
「実験っていうより、騒動だったよね、今日」
涼子が苦笑し、蘭子先輩がそっとティッシュを差し出す。
「マシュマロの命も、無駄じゃなかったよ……」
その夜。
ノートには、びっしりと飛距離と引き距離の記録。
私はそのページの隅に、こう書いた。
柔らかいものにも、力がある。
弱そうなものでも、運動エネルギーを持っている。
それを目に見える形にするのが、物理のすごさだ。