第8話「女子だけの研究会」
(語り手は赤﨑蘭子)
気づけば、この部屋には私以外の声が当たり前のように響いている。
去年までは違った。物理準備室は、静かで、孤独で、居心地のいい“私の実験室”だった。
けれど今は――
「加奈子、それ電源逆に刺してる」
「え!? まじで!?」
「涼子、そのデータ、グラフにしてみたら傾き出るかも」
「うん、ちょっとエクセル試してみる……!」
机の上に並んだビーカーとセンサー、ノートとパソコン。
あちこちからこぼれる笑い声。
音がある。色がある。雑味も、熱も、ある。
たぶん今、この部屋は、女子だけの研究会として、ちゃんと動いている。
「女子で物理って、珍しいね」と言われることは何度もあった。
中学でも高校でも、「理系女子」って言葉には、どこか“例外扱い”の匂いがつきまとう。
私にとって、物理は“好きなこと”でしかなかったのに。
ただ、法則が美しいと思っただけ。
星が落ちる理由を知りたいと思っただけ。
けれど、ひとりきりで活動していた去年、心のどこかにもやが残っていた。
――私は、変なんだろうか?
――女で物理なんて、浮いてるんだろうか?
でも、いま目の前にいる加奈子と涼子は、そんなこと、気にしていない。
「この抵抗器って、壊れても使えるのかな?」
「いや、それ壊れたらただの導線だよ」
「でもさ、もったいないじゃん」
「これ見て。理論値よりちょっとズレてる。でも近いよね?」
「いい観察だ。その“ちょっと”に、現実の面白さがある」
誰かと実験するのは、こんなににぎやかなんだ。
私が黙っていても、二人がどんどん“現象”を見つけていく。
そのことに、私は――なぜか、胸がいっぱいになる。
放課後の帰り道、涼子がぽつりと言った。
「なんか、女の子ばっかで物理してるって、変かなってちょっと思ったけど……」
私は歩きながら答えた。
「変じゃない。“変”だと思ってる人のほうが、変なんだよ」
加奈子が笑う。
「いいこと言った風だけど、それ全部まるごと黒板に書いてたら引くやつだよね?」
「うるさい」と返しながら、私はちょっとだけ笑った。
研究って、たぶん孤独でも楽しい。
でも――誰かと笑いながらやれるなら、もっと面白い。
そして、それが女子だけでも、女子だからこそでも、何の問題もない。
今日の実験テーマは「オームの法則」だったけど、
私の心に今日だけは、別のテーマが灯っていた。
この部屋には、私の居場所がある。