第6話「空気砲、廊下を走る」
徳田加奈子
物理って、“思ったより楽しい”というのが最近の私の正直な感想だ。
もちろん、数式とか難しい話はまだ苦手だし、蘭子センパイの話は3割くらいしか理解できてない。でも、何かを自分で動かすっていうのは、それだけでワクワクする。
そして今日――私は、とんでもないことをしてしまう。
けどまあ、最初はちょっとした思いつきだった。
「空気砲、あったよね?」
放課後の準備室、蘭子センパイがレポートをチェックしてる間に、私は棚の下から例のヤツを引っ張り出した。
――黒い円筒形の、段ボール製の空気砲。
真ん中に大きな穴が開いていて、後ろを叩くと中の空気が“もわっ”と前に飛ぶ仕組みだ。
「これ、廊下の端から撃ったら、どこまで飛ぶのかな?」
その瞬間、やるしかないと思った。
だって、誰かが言ってた。
「バカなことも真面目にやれば、それは研究になる」って。
いや、私か。
静まりかけた放課後の廊下。
私は空気砲を肩に担ぎ、準備室を抜け出した。
「いっくぞー……3、2、1……ドンッ!」
思いきり後ろの膜を叩く。
空気砲から、見事な白い輪っかがスッと飛び出す。
スモーク代わりにチョークの粉を使ったから、視覚効果もバッチリ!
「おお〜!」
輪っかは、廊下を真っ直ぐ進み――
その先にちょうど現れた先生のスーツの腹に、もわっと命中した。
「……」
沈黙。
「…………あ、先生。ナイスキャッチっす」
「徳田。職員室に来なさい」
「え〜〜〜〜〜!?」
結果から言うと、ちょっと怒られた。
でも、「実験目的だった」と説明したら、意外と寛大だった。
「次は指導の下でやりなさい」とだけ言われた。物理の先生、さすが。
「で、どうだったの? 空気砲、廊下では」
涼子が呆れた顔で訊く。
「輪っかは6メートル先で崩れた。で、先生のシャツがほんのりなびいた!」
「測ってるんだ……」
「でも、ちゃんと“記録”とったのは偉い」
蘭子センパイが少しだけ笑ってくれた。
「現象の観察、再現性、記録。それさえ守れば、空気砲でも物理になる」
なんだかそれって、すごく自由だなって思った。
失敗しても、怒られても、ふざけてるように見えても――
ちゃんと測って、残せば、それは実験になる。
それって、ちょっと、かっこよくない?
夜、私はノートにこう書いた。
実験:空気砲の到達距離
条件:廊下、無風、粉チョーク使用
結果:最大到達距離 約6m、風圧による視覚効果あり
課題:先生の腹に当たらないように注意する
完璧なレポートだ(たぶん)。