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第5話「涼子、レポートで徹夜」

佐倉涼子


月曜日の午後七時半。

 私の部屋には、冷めかけた紅茶と、開きっぱなしの実験ノートがあった。


「……まとめるって、こんなに大変なんだっけ?」


 ノートには、先週の放課後にやった振り子の実験の記録がびっしりと並んでいた。長さと周期、往復回数とストップウォッチの時間。

 加奈子が測ったやつは「だいたい8秒!」としか書いてない。

 蘭子先輩のは、小数点以下3桁まで正確。私は――その中間。


 そして今、それをもとにレポートを書いている。

 物理研究会のルール。実験をしたら、自分の言葉で、レポートに残す。


「“考察”って……どこからどこまで書くの……?」


 頭を抱える。


 振り子の長さと周期の関係をグラフにして、理論値と比較して。そこまではいい。でも、その先。「誤差の原因」「今後の課題」「得られた知見」――って、何をどう書けばいいの。


 私は、目の前の白紙のワード画面を見つめていた。


 夜の十時。

 母がドアをノックして、そっとカップラーメンを置いていった。


「もう寝なさいよー。無理しないでねー」


「……うん。ありがとう」


 寝る、か。

 そうしたい。でも……。


 なんでだろう。レポートなんて、提出すれば終わりなのに。

 手を抜こうと思えば、いくらでもできる。

 でも、私は、抜きたくなかった。


 加奈子が「かわいい」と笑った振り子。

 蘭子先輩が真顔で語った、あの式。

 あれを、ちゃんと記録に残したいと思ってしまった。


 そして――私自身が、少しだけ「面白い」と感じた、あの“誤差”の話。

 同じ長さでも、測る人によって周期がズレること。測定することが、すでにズレと向き合う行為であること。


 私は、そこから書くことにした。


 夜中の一時三十分。


「今回の実験では、理論値と実測値の間に約4%の誤差が生じた。

 その原因は、ストップウォッチの操作タイミング、振り子の支点のぶれ、また振幅の初期値の違いが考えられる。

 だが、この“ずれ”があるからこそ、測定には意味がある。

 “正確な一秒”が存在するのではなく、“近づこうとする一秒”が、私たちに物理の面白さを教えてくれるのだと感じた――」


 ……って、書きすぎ? ポエムっぽい?

 でも、なんか書いてて、気持ちよかった。

 気づいたら、空が少し明るくなっていた。


 翌日、物理準備室にて。

 蘭子先輩が、私のレポートを黙って読んでいた。

 読む時間が長すぎて、不安になる。


「……う、長かったですか? ちょっと感想とか、書きすぎたかも……」


 私が声をかけると、蘭子はすっと顔を上げた。


「――いや。よかった。君、本気で考えたな」


 その一言に、心が少し跳ねた。


「レポートというのは、答え合わせじゃない。考えたことを残すものだ。仮説でも感想でも、今の“気づき”を未来の自分が読むために書く。君のレポートは、それができていた」


「……ありがとうございます」


 うれしかった。

 でも同時に、気づいてしまった。


 “これ、毎回やるのか……”


 物理研究会って、結構キツいかもしれない――。

 でも、私は今日、少しだけ誇らしかった。

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