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第4話「振り子で時間を測れ!」

佐倉涼子


教室の時計が午後四時を指した。

 窓の外では軽音部の音が小さく流れている。今日はやけに陽が長い。

 物理準備室に、机を囲むように私たち三人が集まっていた。


 蘭子先輩が、黒板の前に立って言う。


「今日の実験テーマは“単振り子の周期測定”だ」


「うわ、聞いたことある〜!」と加奈子が手を挙げた。

「なんか、高校入試とかで出てくるやつじゃない? ほら、振れ幅がどうのとか……」


 蘭子はうなずく。


「そう。単振り子の周期は、理論上、次の式で表される――」


 彼女がチョークを走らせる。


 T = 2π√(L/g)


「Tは周期、Lは振り子の長さ、gは重力加速度。これをもとに、実際に実験で出した周期と、理論値を比較する」


 私はメモを取りながら、ふと思う。

 机の上にあるのは、針金とおもりを組み合わせた、手作りの振り子。

 見た目はシンプル。でも、何か緊張する。


「じゃあ、測ってみようか!」


 蘭子の声に、加奈子が勢いよくおもりを持ち上げた。


「いっけ〜い!!」


「待って! 勢いつけすぎ!」


 加奈子が離したおもりは、ぐいんと大きく振れて、机の端にガンッと当たった。


「あっ」


「やり直しだ……」と蘭子がため息をつく。


「……そういえば、振幅が大きいと周期って変わるんですか?」


 私がふと口にすると、蘭子がピクリと反応する。


「いい質問だ、涼子。理論上は、振幅が小さい場合に限って周期は一定とされる。大きすぎると非線形性が出る」


「……えっと、それはつまり?」


「要するに、“ちょっとしか揺らさない”前提の式だってこと」


「お、おけ。じゃあ、次は小さくね」


 加奈子が今度はおもりをほんの数センチだけずらして、手を離す。

 私がストップウォッチを構える。

 1往復、2往復、3往復……10往復。


「……9.5秒」


「ふむ、じゃあ周期は0.95秒か」


 蘭子がノートに計算式を書き込む。


「Lは……振り子の長さ50センチ。gを9.8で計算して……理論値は、えーと……0.99秒」


「けっこう近いじゃん!」


 思わず声が出た。


「でも、やっぱ誤差あるね。手動ストップウォッチだから?」


「もちろんそれもあるけど……たとえばタイミングのズレ、目の反応速度、空気抵抗、振り子の固定精度――要因はいろいろある」


 蘭子が少し楽しそうに言う。


「つまり、完全な一致は起きない。でも、その“不完全さ”を予想できるのが、物理だ」


「なるほど……なんかわかったような、わかんないような……でも」


 私は黒板の式と、机の上の手作り振り子を交互に見ながら、思った。


「紙に書いてあった式が、本当に動いてるんだなって……ちょっと感動しました」


 加奈子がうなずく。


「だよねー! しかもちゃんと時計みたいに動いてるの、なんかかわいくない?」


「……かわいい、か?」


 蘭子が不思議そうな顔をする。


「いや、なんかさ、ピコピコって。……ほら、“時間を測る”って、たぶん機械の仕事だけど、自分の手でそれやるっていうのが、さ……うーん……」


 うまく言えなかった。でも、たぶん加奈子も私も、なんか“いい時間”だなって思ってた。


「この一秒が、理論と観察でつながってるって、面白いよね」


「うむ、それが科学だ」


 蘭子の顔が、ちょっとだけ誇らしげだった。


 机の上では、振り子がまだ静かに、一定のリズムで揺れていた。

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