第2話「私、なんとなく入部しました」
(佐倉涼子)
高校生活、最初の悩みは「部活、どうしよう」だった。
中学では、なんとなく友達と一緒に文芸部。でもそこまで熱中してたわけじゃない。高校は違うことしようかなあ、とは思ったけど……。
校門前、にぎやかな勧誘の嵐の中で、私は人波にまぎれて歩いていた。ダンス部、バスケ部、演劇部、軽音部。どこも叫んでる。テンション高すぎて、ちょっと引く。
ああ、早く帰りたい。
そう思っていたそのとき。
「君、物理に興味はあるか?」
声をかけられた。
振り返ると、白衣の女子が立っていた。
黒髪ひとつ結び、片手には黒板消し大の謎の装置、そしてもう片手には**“物理研究会 募集中”**と書かれた手作りのボード。なんというか……目つきがガチだった。
「……え、物理ですか?」
「そう。運動、波動、熱、電磁気。自然の法則をあなたの目の前で再現する。興味、ないか?」
あるわけない、と思った。でも、そう言うのは悪い気がして、私は曖昧に笑った。
「あ、はあ……」
「じゃあ、見ていけ。損はしない」
白衣の人――後からわかったけど赤﨑蘭子先輩――は、なぜか私の腕を引いた。断るスキもないまま、私は小さなスペースへ連れていかれた。
そこには、奇妙な機械がたくさん並んでいた。空気砲、音叉、ペットボトルのロケット。なんか、自由研究の理想形というか、ちょっとテンションが違う。
「これ、作ったんですか?」
私が恐る恐る訊くと、蘭子先輩は誇らしげにうなずいた。
「すべて一人で。物理はひとりでもできる。だが、仲間がいればもっと遠くへ行ける」
ちょっと、かっこいい……ような、怖い……ような。
「ねえ、見てよこれ! 空気砲すごくない? あの白い輪っかが飛ぶの、物理らしいよ!」
突如横から現れたのは、ショートカットの明るい子。スマホを構えたまま、勢いよく私の肩を叩いた。
「えっ、あ……」
「わたし、さっき入部しちゃった! なんか面白そうだから!」
この子が、徳田加奈子だった。
あれ? 入部ってそんなノリでいいの? と思ったけど、その一言に私は救われた気がした。
「……じゃあ、私も……入ってみようかな」
自分でも、なんでそう言ったのかわからない。
ただ、蘭子先輩のまっすぐな目と、加奈子の笑顔と、宙に浮かぶ煙の輪っかに――**“なんか、いいかも”**って思ったのだ。
「おお……!」
蘭子先輩が、驚くほど感激した表情を見せた。
「ようこそ。君もこれから、真理を求める旅に出る仲間だ」
その言葉はちょっと大げさすぎて、くすっと笑ってしまった。
でも――
この日を境に、私の放課後は、物理研究会で過ごすことになる。
なんとなく入っただけのはずなのに、
この“なんとなく”が、思っていたより、ずっと長く続くとは――
このときは、まだ知らなかった。