第16話「モーターが回らない理由」
(語り手:佐倉涼子)
「……えっと、これで、よし。……回れっ」
カチッとスイッチを入れてみる。
……沈黙。
「回らない」
私は思わずつぶやいた。隣で見ていた加奈子がのぞき込む。
「ん? 電気、通ってる?」
「通ってるはず。導線もつなげたし、電池も新しい……と思うけど……」
私の目の前には、小さな手作りのモーター。
授業の延長で作ってみた「直流モーターの基本モデル」だったけど、回るはずのコイルは、ピクリとも動かない。
放課後の準備室。
蘭子先輩は窓際の机で黙々と別の資料を読んでいる。
でも、私たちの様子にさりげなく耳を傾けているのがわかる。
私はコイルをそっと取り外し、指で支えながら回してみた。
軽く動く。軸が詰まってるわけではなさそう。
「加奈子、もう一回配線見てもらっていい?」
「りょーかい! はいはい、プラスは赤、マイナスは黒、スイッチよし、電池よし……。
ん? これ、ブラシがずれてない?」
「……ブラシ?」
「ほら、コイルの端の導線、銅線がうまく接触してない。てか、削れてないじゃん!」
加奈子がぴしっと指摘する。
「あっ、そうか……!
被覆剥がすの忘れてた……!」
小さく笑いが起きた。
私の顔は一気に赤くなる。
「も〜う、初歩ミスすぎる……!」
「いやいや、これが物理でしょ! “動かない理由”が見つかったじゃん!」
加奈子の言葉に、少し救われる。
そのとき、ふと扉が開いた。
「こんにちは~、あの、見学してもいいですか?」
1年生の女の子が、恐る恐る顔をのぞかせた。
後ろには、同じ制服を着た2人の友達も。
「え、えっと……うん、いいよ。今ちょうどモーターの実験してて……まだ回ってないけど……」
「回ってないんですか?」
「……うん。けど、なんで回らなかったかは、今わかったところ!」
私は、勇気を出して説明してみることにした。
目の前のモーターを指さしながら、できるだけ言葉を選ぶ。
「モーターって、磁石とコイルの“反発”で動いてるの。
でも、そのためには電流が正しく流れて、しかもタイミングよく切り替わる必要がある。
今回うまく回らなかったのは……コイルの端っこ、ここに絶縁の膜が残ってて、電流が流れなかったから」
「へぇ〜!」
1年生たちが、思ったより興味を持ってくれた。
そのとき私は初めて、“伝える”ということの楽しさを感じた。
数分後。
私は削り直した導線をもう一度つなぎ、スイッチを入れた。
――キュルッ……クルッ、クルクルッ!
「おおっ……回った……!」
加奈子が拍手し、1年生たちが歓声を上げた。
「回った……やった……!」
私は思わず、コイルを見つめながらつぶやいた。
たったこれだけのこと。
でも、「動くこと」の重みを、私はこの瞬間、確かに感じていた。
帰り道、私はノートに書きつけた。
モーターが回らない理由には、いくつもある。
でも、“なぜ回らないのか”を探る過程には、確かに物理がある。
それを“誰かに説明できた”ことが、今日は一番うれしかった。