第150話「ノートの最後に書いたこと」
(語り手:日下部ゆら)
卒業式の翌日、私はひとりで物理室を訪れた。
誰もいない教室の机の上に、研究ノートが開かれている。
最初のページには、3年前、赤﨑蘭子先輩の走り書きのような文字。
「最初の問い:なんで風船ロケットは曲がるのか?」
それが、物理研究会の“始まり”だった。
私たちが受け取ったのは、途中までしか埋まっていないノートだった。
空白だらけで、言葉が足りなくて、失敗ばかりで。
だけどそれは、未完成であることを恐れていない記録だった。
そこに、私たちはたくさんの「問い」を綴ってきた。
風船の向き、音の軌道、重力の錯覚。
理論と現実の狭間で迷いながら、
それでも実験して、話して、笑って、悔しくて、考えた。
そして今、ページの最後に、私は自分の言葉を残す。
【最終記録】
このノートは、完全じゃない。
証明も足りないし、データも甘いし、考察も穴だらけ。
でも、誰かがここに残した問いたちが、
私たちを「知りたい」と思わせてくれた。
物理が完璧じゃなくてもいい。
私たちも完璧じゃないから。
大事なのは、「わからない」を置いていかないこと。
誰かがまたこのノートを開いて、
続きを書いてくれたら、
それがいちばんうれしいです。
私はそっと、ノートを閉じた。
重みが、指先に伝わる。
振り返ると、窓の外に春の光が満ちていた。
どんな問いにも、まだ答えは出ていない。
でも今なら言える。
「それでいい」って。
このノートを開いた誰かへ。
あなたの問いも、ここから始まりますように。
私たちの3年間、記録終了。