第15話「コイルの魔力」
(語り手:赤﨑蘭子)
私は、コイルが好きだ。
導線をぐるぐると巻いただけの、ただの金属の塊――。
けれどその中に、目に見えない「力」が生まれる。
電流と磁場。法則と現象。理論と現実が交差する、小さな奇跡。
今日、私たちは**「電磁誘導」**の実験をする。
放課後、準備室。
私は机の上に、手巻きのコイルと磁石、電流計、電源装置を並べていた。
涼子が近づいてきて、素直な顔で首をかしげる。
「えっと、今日は何をするの?」
「“磁場の変化によって、電流が生じる”という現象を測定する。
導線に電流を流すと磁場ができる。逆に、磁場を変化させれば電流が生まれる。それが“電磁誘導”だ」
加奈子が、すでにコイルを手に取ってぐるぐる回しながら、
「つまり、魔法ってこと?」
「物理における魔法。それがコイルだ」
私は真面目に返した。
さっそく実験開始。
強力な棒磁石をコイルに近づけたり離したりして、電流計の針の動きを観察する。
「おっ、動いた!」
涼子が目を丸くする。
磁石を近づけた瞬間、針がピクリと振れた。
「でも、逆に離したら――」
「おおおお、今度は逆方向に振れた!」
加奈子がはしゃぐ。
「磁束の変化で電流が生まれる。ファラデーの電磁誘導法則。
方向が逆になるのは、“変化の向き”が反対だから」
「これ、ちゃんと意味があるんだ……。ただの針の動きかと思ってた」
涼子のつぶやきに、私はうなずいた。
コイルの中では、何も見えない。
音もなく、光もなく、ただ針が揺れるだけ。
けれどその裏で、電荷が動いている。
目に見えない「力」が、世界を動かしている。
それを感じるたびに、私は物理が好きになる。
途中、加奈子がふと聞いてきた。
「ねえ、蘭子先輩ってさ、なんでそんなに物理にハマってるの?
見えないものが好きって、ちょっと変わってない?」
私は少しだけ考えてから、答えた。
「“見えるもの”しか信じられないなら、人は夜空を見上げたりしない。
私は、見えないからこそ、確かめたくなる。
見えないからこそ、信じたくなる」
「……詩人かよ」
「物理詩人だ」
その日最後の実験は、コイルの巻き数を変えての誘導電流測定だった。
巻き数を増やすと、針の振れ幅も大きくなる。
「理論どおりに動く」瞬間の、あの快感。
「でも、これってちゃんと人の生活にも関わってるよね」
涼子が言った。
「発電所とか、モーターとか、全部この“コイルの魔力”で動いてるってことだよね?」
「そう。だから、これは魔法じゃなくて“技術”になる。
物理を理解することで、私たちは見えない力を“使う側”になれる」
帰り道。
私はポケットの中に、小さな銅線のかけらを入れていた。
今日使った実験用コイルの端っこが切れたもの。
ただの金属のかけらに、
これだけの力が宿る。
それを信じられることが、たぶん私の物理の原点だ。