第149話「それでも、ノートを閉じない理由」
(語り手:朝比奈みく)
発表会の翌日。
部室は、まるで何事もなかったかのように静かだった。
窓際に干された風船の残骸。
隅っこに立てかけたポスター。
そして、机の上には、私たちの記録ノート。
私はその表紙をそっとなでて、ためらいながら開いた。
正直言うと——
昨日、家に帰ってから、ずっとモヤモヤしていた。
質問に答えられなかったこと。
理解が浅かったことを、突きつけられたこと。
なにより、自分が「語れなかった」ことが、悔しかった。
だけどページをめくっていくうちに、
過去の言葉が目に飛び込んできた。
「データが取れなかった。だけど、面白かった。」
「“失敗した”は、“何もなかった”じゃない。」
「うまく話せなかったけど、笑顔で帰ってくれた。それって、伝わったってことだと思いたい。」
それらの言葉は、全部、先輩たちが残してくれたものだった。
未完成で、拙くて、それでもページが進んでいた。
「……閉じるの、もったいないよね」
声に出すと、なぜか少しだけ笑えてきた。
遅れてきた日下部が、荷物を抱えて入ってきた。
「ごめん、遅れ——あ、ノート見てたんですか?」
私はうなずいた。
「……閉じようかと思ったけど、閉じられなかった」
ゆらは、しばらく考えてから言った。
「私たちの研究、終わったわけじゃないですもんね。
“やってみたい”って、まだある。だから……書きません?」
私は、うれしくて、ちょっとだけ目を潤ませながら言った。
「書こう。うまく書けなくてもいいから、書こう」
その日の記録には、こう残した。
発表が終わって、いろんなことが見えた。
課題、悔しさ、足りなさ。
でも、それと同じだけ、“やりたい”が残った。
ノートは閉じない。
たぶん、それが、私たちの物理研究会。
あの先輩たちが、3年間書き続けたように。
私たちも、自分の「問い」をつなげていこう。
たとえ、また途中で終わることになったとしても。