表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
146/151

第146話「“わからない”の価値を、信じられるか」

(語り手:日下部ゆら)



 「この仮説って、誰が書いたんだろうね」


 古いノートの一ページ。鉛筆書きで、少しにじんだ文字。


仮説:音叉を振動させた状態で板に接触させると、振動数に比例した形の“傷”が生じるのでは?


 ページの余白にはメモがあった。


実験できず。理由は機材不足。くやしい。——蘭子


 赤﨑蘭子先輩。

 あのノートの中でもひときわ熱い言葉を残していた先輩だ。


 「これ、やってみたい」と私が言ったとき、

 朝比奈さんはちょっとだけ眉をひそめた。


 「でも、どうせうまくいかないよ? 振動数、精密に測れないし……」


 「それでも、やってみたい」

 私はそう言った。

 “失敗したままの問い”に、何か触れてみたかった。


 週末、私たちは音叉と鉄板を用意した。

 簡単な装置だけど、叩くたびに振動が手に伝わって、

 空気の中で音が揺れているのがわかる。


 最初の一回、結果は出なかった。


 傷はついたけど、規則性は不明。

 2回目、3回目も……よくわからない。


 「やっぱり……無理かも」

 朝比奈さんが呟いた。


 でも私は、その“わからない”結果をノートに書きながら、

 なんだか不思議と満ち足りていた。


 「これって、“失敗”なのかな」

 私の問いに、朝比奈さんは答えなかった。


 でも、しばらくして言った。


 「なんか……“未解決の問題”って感じだね。

  誰かがまた、続きをやるかもしれない。私たちじゃなくても」


 そうだ。

 物理って、全部が“答え”にたどり着けるわけじゃない。

 でも、わからないままの仮説にも、価値がある。


 私はレポート用の別ノートにこう書いた。


「わからない」は終わりじゃなく、

「わかろうとした」記録は、

次の誰かの問いになる。


 音叉の振動が、まだ指先に残っている。

 目に見えない“揺れ”を感じながら、私は思った。


 わからないことを、信じてみよう。


 それは、いまの私ができる、

 一番まっすぐな“研究”かもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ