第137話「わたしたちの展示が、誰かのはじまりになるなら」
(語り手:赤﨑蘭子)
イベント会場は朝からにぎやかだった。
理科系の大学生たちが主催する小さな科学フェス。
体育館のような広いホールに、実験や工作のブースが並ぶ。
私たちのブースは、その端っこにあった。
タイトルは、ちょっと気恥ずかしいけど——
「問いの記録、未完成の青春」
展示内容は、ほとんど“思い出”の寄せ集めだ。
高校時代のノートや装置、ポスターやプレゼンの抜粋。
そして、黒板に書いた「答えの出なかった式たち」。
「なんか、失敗ばっかりだね」
そんな声も、笑いながらなら全然いい。
でも、昼すぎ。
一人の中学生くらいの女の子が、ふらりとブースの前に立ち止まった。
「これ、全部、高校生のときのやつなんですか?」
私は頷いた。
「うん、私たちが3年間かけて、うまくいかなかったり、途中で止まったりしたやつ」
その子は、静かにポスターを見つめていた。
やがて、口を開いた。
「でも、なんか……」
「“わからない”って、楽しそうに見えるんですけど」
その瞬間、私はハッとした。
なぜなら、それはまさに、私たちが一番言いたかったことだったから。
答えが出なかったレポート。
途中で止まった理論。
配線ミスで動かなかったモーター。
全部、うまくいっていない。
でも、笑ってた。楽しかった。悔しかったけど、やめられなかった。
「ねえ、蘭子」
背後から涼子の声。
そして隣には加奈子がいて、小声でつぶやいた。
「……この子がさ、私たちの“はじまり”みたいに見えない?」
私は、その子に向かって言った。
「ねえ、物理って、“なんか面白いかも”って思うことから始まるんだよ」
「“正解が出るまでやれ”じゃなくて、
“正解が出なくても考え続けたい”って思えるかどうかなの」
中学生の子は、ちょっとだけ笑って、
ノートに何かをメモした。
「自由研究のテーマ、変えようかな」
その背中を見送って、私はふと思った。
あの3年間、
うまくいかなかったり、結果が出なかったり、泣いたり笑ったりしたあの時間。
それは、ただの“自分たちの物語”じゃなかったのかもしれない。
誰かのはじまりになれるのなら、それはもう一度、未来になる。
イベントの終わり。
黒板に残ったチョークの文字の上から、
加奈子がふざけて小さな矢印を描いた。
「“To be continued.”って、書いとこ」
私は笑った。
「未完成でいい。
だって私たちの物理は、まだ終わってないから。」