第136話「展示前夜、三人で語る」
(語り手:徳田加奈子)
段ボールに詰めたケーブル類が、ガムテで封をされていない。
ペン立ては転がって、モーターは微妙にうなってる。
作業台の上がカオスすぎて、私は笑いながら叫んだ。
「ちょっとー! 明日だよ!? 展示!」
誰かの笑い声。
誰かのため息。
そして、誰かの「まあ、いつものことか」という諦めた声。
蘭子、涼子、そして私。
大学に進んでも、それぞれ違う場所に行っても、
やっぱり集まると、こういうふうに“未完成”なまま夜になる。
翌日の科学イベント。
私たちは高校時代の物理研究会をテーマに、小さな展示ブースを出す。
題して——
「問いの記録、未完成の青春」
もう恥ずかしさとかない。
チョークの粉にまみれて笑ってた時間が、
私たちの“いちばんちゃんとした証拠”だから。
作業が落ち着いた頃。
夜の教室(借りてる大学の一室)で、私たちはお菓子と温かい紅茶を囲んで座った。
「なんでさ、こんなことまたやってるんだろうね」
私がぽつりと言うと、
涼子が、黒板の前で手を止めた。
「それ、考えてた。でも……」
涼子はチョークをひとつ、コトンと置いた。
「私、たぶん“答えのないもの”のそばにいたいんだと思う。」
蘭子はと言えば、床に広げた配線図を見つめながらこう言った。
「“わからない”が終わらないって、
普通は怖いけどさ。
でも、私たちはその中で“笑ってた”んだよね。
だから……戻ってこれる場所になるんじゃないかなって」
私はお菓子の袋をポリポリ鳴らしながら言った。
「うん。私は単純に、またみんなと何かやるのが、めっちゃ楽しいだけかも」
3人で笑う。
笑いながら、ノートをめくる。
高校時代のあの研究ノート。
くしゃくしゃの計算式、途中で放り投げたグラフ、
横に描かれたイラスト。
全部が、私たちの時間のかけらだった。
答えは出なかった。
でも、問い続けた時間は、たしかにあった。
そして、それを共有できた仲間がいた。
気づけば、時計は深夜。
そろそろ寝なきゃ……って誰も言わない。
たぶん、もう少し、この空気を味わっていたいのだ。
展示のタイトルボードに、誰かがふざけて一行加えた。
「実験は未完成、でも友情は保存されました」
明日、また誰かが「懐かしい」って言ってくれるかもしれない。
それを見た後輩が、「やってみたい」って言ってくれるかもしれない。
その夜、私たちは最後に
“黒板の余白”に、それぞれのサインを書いた。
あの頃と同じように、名前の横に、
小さなイラストと「まだ続く」っていう矢印。
だってこれは終わりじゃなくて、ただの途中。
そう、“展示前夜”だから。