表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
134/151

第134話「涼子、教育実習で戻ってくる未来」

(未来時制・語り手:佐倉涼子)


私が“あの物理室”に戻ってくるのは、4年後の春だった。


 大学の教育学部で物理を専攻し、教職課程を進みながら、

 何度も「向いてないんじゃないか」と思った。

 けれど、不思議なことに、そのたびに思い出す光景があった。


 チョークの粉で白くなった袖口。

 風船ロケットが失敗してしょんぼりした加奈子。

 理論が暴走して、先生に止められる蘭子。


 そして、その真ん中で、何度も「わからない」と言っていた自分。


 気づけば私は、

 「あそこに戻ってみたい」と思っていた。


 教育実習初日。

 朝の昇降口で深呼吸しながら、上履きを履く。

 高校生たちの会話が、少しうるさいくらいで、懐かしくて、心地よい。


 物理準備室の引き戸を開けると、顧問の先生が笑って言った。


 「戻ってきたね、佐倉先生」

 先生のその一言に、なぜか胸がいっぱいになる。


 あの日々から、まだそんなに経っていないはずなのに、

 物理室の机は少しだけ古びて見えた。


 放課後、私はその物理室に一人残って、

 かつて使っていた“あの黒板”に、チョークで一行書いてみた。


「物理は、問い続けることから始まる」


 ふと、背後から声がした。


 「先輩……あ、じゃなくて、先生?」


 振り向くと、1年生の女子が立っていた。

 どこかで見たような目つき。

 もしかして、あの頃の私たちに少し似ているかもしれない。


 「質問、していいですか?」

 「もちろん」


 「“問い続ける”って、やっぱり、ずっと不安なんじゃないですか?」


 私は、少し考えてから言った。


 「うん、不安になるよ。でも——」


「その不安を面白がれるようになったら、もう大丈夫。

 私たちの物理研究会って、そういう場所だったから」


 女子生徒は小さく笑って、黒板を見上げた。

 そして言った。


 「……なんか、物理、やってみたくなりました」


 私はその言葉に、心の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。

 あの日、蘭子に誘われて入った部活で、

 私はずっと「やってみたい」を探していた。


そして今、

誰かの“やってみたい”に火をつける側になろうとしている。


 未来はまだぼんやりしている。

 でも、この道は、きっと悪くない。


 私はその日、物理室のカーテンを開けた。

 柔らかい夕日が黒板を照らし、

 白いチョークの一行が、少しだけ光った気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ