第131話「やってきた後輩たち」
(語り手:佐倉涼子)
大学の春は、やけに風が強い。
教室の窓がカタカタ鳴って、プリントが一枚、足元に落ちた。
拾い上げたら、裏に書いてあったのは数式ではなくて、見覚えのある文字。
「物理研究会、説明会やります!」
そのチラシを見た瞬間、
私は、ちょっとだけ時間が巻き戻ったような気がした。
——あの日、私は“なんとなく”研究会に入った。
蘭子に誘われて。よくわからないまま。
そして、加奈子の自由すぎる破壊力に巻き込まれた。
気づけば3年間。
問い続けて、悩んで、笑って、ちょっと泣いた。
そして今。
私たちのもとに、後輩たちがやってきた。
その知らせは、高校の物理部グループLINEに届いた。
蘭子:「今年、1年生6人入ったらしいよ」
加奈子:「まじで?! 機材足りる?」
私:「……あの棚のバネ、まだあるかな」
誰かが何かを始めるたび、
不思議と、私たちももう一度“始まれる気”がする。
その夜、私は久しぶりに高校時代の研究ノートを開いた。
記録じゃなく、“声”のようなページ。
あのときの加奈子のスケッチ、
蘭子の暴走仮説、
私の「難しい」って何回も書いた箇条書き。
私は、ふとペンを取って、新しいページを作る。
「後輩たちへ」
そして、そこにこう書いた。
“迷っても大丈夫。うまくいかなくても、たぶんそれが物理です。
わからないことは、誇っていい。
私たちは、その“わからない”から、すべてを始めたから。”
新しい春に、新しい問い。
風が吹くたび、また誰かのノートが開かれる。
私たちが置いていったものは、
答えじゃない。
「問いの形を、楽しむ姿勢」だったと思う。
それが、ちゃんと届いていたなら。
今も、どこかの物理室で、
ばねが弾け、風船が飛び、だれかが笑ってる。
そして私は、それで十分だと思った。