第13話「装置が壊れても、泣かない」
(語り手:徳田加奈子)
最初に言っておくと、私は泣いてない。
目がちょっと湿っただけ。……ほんのちょっとだけ!
ことの発端は、私の「音速を測りたい!」というひらめきだった。
テレビで見たんだよ、定規を机から飛ばすと**“ビヨン”**って音がするアレ。
「これで、空気の中を伝わる音の速さって測れないかな?」って思ってしまったのが、すべての始まり。
そして私は、自作の音速測定装置を作った。
アルミパイプ、スピーカー、小型マイク。
片端から音を発して、もう片端に届くまでの時間差を測れば、音速が出せる!
それっぽいタイマーまで用意して、ちょっとした発表会のつもりだった。
「加奈子、なにその……ドラえもんの未来道具みたいなやつ」
「未来どころか、音速の過去現在未来がこれでわかる! はず!」
涼子が苦笑し、蘭子先輩は無言でタイマーを手に取り、真剣な顔。
「理屈は正しい。“空気中の音速”を測るには、距離と時間差の計測でいける。
だが、マイクの反応時間が誤差になる可能性がある」
「……誤差、ですか?」
「誤差は敵。だが、乗り越えがいのある敵だ」
うわ、なんか燃えてきた。
実験は、順調に“見えた”。
でも、それは錯覚だった。
5回目の測定のとき、突然タイマーがバグって、
ピッピッピッ――ピ……ジジジ…… と音を立てた。
「……あれ?」
タイマーの液晶がチカチカし、次の瞬間――
パチッ!
配線が外れて、スピーカーが焦げたような匂いを放った。
「……えっ、ちょ、まって、えっ」
「やばい、煙出てる!」
「加奈子、電源切って!」
私は慌ててスイッチを引っこ抜いた。
小さな装置からは、もう音も反応も返ってこない。
しーんとした準備室。
私は、ぽつりとつぶやいた。
「……壊れた、かも」
せっかく準備したのに。
計測も、発表も、何もできないまま――終わった。
手がふるえて、目に涙がにじみそうになる。
だけど、私は言った。
「……泣かない。壊れたくらいで、泣かないからな……」
そのとき、蘭子先輩がぽつりとつぶやいた。
「すごいよ」
「え?」
「失敗を“くやしい”と思えるってことは、本気でやった証拠。
装置が壊れたのは残念だけど、それ以上に――加奈子、お前の“やりたい”はちゃんと伝わってる」
涼子も横で言った。
「ねえ、設計図とかあるんでしょ? それ見ながら、もう一回一緒に作ろ?」
私はぐしゃぐしゃになった紙のスケッチを、震える手で差し出した。
「ある……けど、けっこう雑かも……」
「だいじょーぶ。雑の解読は任せて」
3人で、机を囲む。
壊れた装置の部品を分解しながら、次の一手を考える。
その日のノートには、こう書いた。
失敗した。悔しかった。ちょっと泣きたかった。
でも、壊れたおかげで、“仲間と作る”ことの意味を知った。
装置が壊れても、私は壊れない。
次の目標:改良型音速測定装置。
名前は「マシュマロMk-II」だ(見た目がちょっと似てるから)。
――物理は、壊れても進める学問だ。
だから私は、泣かない。