第128話「涼子の卒業アルバムコメント」
大学の図書館の静かな隅で、私は手帳の隙間から、小さな紙切れを見つけた。
それは、高校の卒業アルバムの“個人ページ”に書いたコメントの控えだった。
春の卒業前、担任の先生が言った。
「“なんでもいいよ”って言うと、何も書けない子が多いから、
好きだった授業、行事、部活、何か一つでも書いてくれると嬉しい」
私は、書道部でも運動部でもなく、
ちょっと地味めな物理研究会所属。
派手なエピソードがあるわけでもなくて、
「普通でいいかな」って思ってた。
でも、そのとき蘭子が言った。
「涼子、あんたの“普通”は、たぶんみんなの“特別”だよ」
加奈子が笑いながら言った。
「じゃあ“わからない”って何回言ったか数えて書いたら? 1000回くらいあるでしょ」
そんな会話のあと、私は真剣に悩んで――
3時間、コメント欄を前に止まっていた。
そして書いたのが、これ。
「わからないって、ちゃんと向き合った3年間でした。
たぶん、これからも“わからない”ことはいっぱいあるけど、
そうやって学んでいくんだと思います。
物理研究会で学んだのは、“答え”じゃなくて、“問い続ける力”でした。
ありがとうございました。」
読み返して、なんだか泣きそうになった。
いま私は、ノートパソコンの前で難しい論文を読んでいる。
専門用語だらけで、正直まだ“わかんない”。
でも、あのとき書いたコメントが、
“過去の私からのエール”に見えた。
わからないままでいい。
でも、問いをやめなきゃ、それでいい。
図書館の窓の外に、春の陽射しが差していた。
私はまたノートを開いて、今日の“わからない”を書き始める。
あの日の卒業アルバムに、
答えはなかったけど、
未来へ続く問いだけは、確かに刻まれていた。